【Killer in the School】シリーズ

□番外編(短編)『性善説と殺人鬼』
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純次は困ったような誤魔化し笑いを普段の柔らかで明るい笑みに変えながら、自分がSearchの中学校での勤務に一種の期待感を覚えている事を告げた。
少し離れた所からは一部の警察官達が非常に呆れかえったような冷やかな視線を純次に向けていたが、未知の可能性や明るい未来に胸を躍らせる子供の様に心底楽しそうな表情をしてSearchと向き合っている純次はそれに気が付かない。
呆れかえった顔をしている警察官達の中の一部は純次には聞こえない程度の声で、あの殺人鬼が子供と仲良くなれる訳が無い、学校の方から苦情が来て終わる事が目に見えている、等と小声で話し合った。
尚、その声は確かに純次の耳には届いていないのだが、実はSearchの耳にはしっかりと届いている、という事を彼等が気にしているのかどうかは、正直分からない。
また、その小さな嘲りの声をSearchが気にしているかどうか、というのはそれ以上に分かり難い事である。
だが、折角の機会なのであえて明言してしまうと、Searchはそれらの声に特別な関心は一切抱いておらず、ただの日常生活音として聞き流していた、というのが実状であった。
そして、それは捜査一課の警察官達の嘲りの言葉や視線だけでなく、純次の戯言とも言える発言に対しても同じ事なのだが、何故か純次はSearchが自分の渾身の応援を軽く聞き流しているという事に気付いていない様子である。
そのような純次の様子を鬱陶しく思って、という訳では無いのだが、純次の発言に特別興味や関心を持てなかったSearchはぶっきらぼうとも言える程に温かみの無い淡々とした口調で、

「そうか。」

とだけ言ってから、視線を古い仕事机の下に仕舞われた小さめで少し痛み気味のオフィスチェアに移し、その背もたれを掴んで仕事机の下から引き出すと、純次が少々困惑するのもお構いなしに着席した。
そしてそのまま仕事机の引き出しを開いて仕事で使う書類やノートパソコンを取り出し始めるものだから、これには流石の純次も少し不機嫌になるかと思いきや、純次が見せたのは不機嫌と言うよりも何処か寂しそうで、尚且つ何かを哀れむ様な、少し不思議な静寂を伴った表情であるから、遠巻きに様子を窺っている他の警察官達はますます純次に対して呆れ返るのである。
それは、彼等が純次程ではないとはいえSearchの境遇や性格――否、性質ををある程度まで認知しており、純次がSearchに対して人間的で人情味のある接し方をする事は勿論、その対応をSearchの側にも求めている事を、心底馬鹿馬鹿しく無意味な行為だと思っている為だ。
彼等はSearchの事を、人並みの人間性を先天的に持っておらず、乳幼児や犬猫よりも圧倒的に意思疎通が出来ず、凶悪犯罪者によくあるサイコパスよりも理解の及ばない不気味な異物、と認識している為、人間的コミュニケーションを取ろうとするだけ無駄だという判断をとうの昔に下しているのだ。
だから彼等はその判断を頑なに信じまいとするようにしてSearchに対し人間的コミュニケーションを試み、Searchがそれを出来るようになるようサポートしようと躍起になっている純次に対し、軽蔑にも似た呆れを感じているのである。
事実、彼等の中にはその事を純次に直接、オブラートの様な暈しは無しで伝えた事がある者も何人か存在している。
しかし、純次はその度にその判断を否定して、Searchは飽く迄も純次や彼等と同じ人間であるという主張と、今直ぐには実現できずともゆっくりと時間をかけて関わり続ければ少しずつ善い方向に変わっていくに違いないという主張を繰り返すので、今では純次にその主張を変えるよう勧める者は殆どいなくなっていた。
そのような彼等は仲間内の会話で純次の事を、稀に見る性善説かぶれの馬鹿、と呼んでいる。

さて、その稀に見る性善説かぶれの馬鹿――純次の次の挙動だが、純次はSearchに殆ど無視にも近い淡泊な反応をされた事を残念がるような顔をしながらも、Searchとコミュニケーションをとる事を諦めた訳ではないようで、仕事机の上に置かれたノートパソコンの電源ボタンを押そうとするSearchの右手にそっと自分の右手を重ね、電源ボタンの操作を阻止するという行動に出た。
これには流石のSearchもある程度の反応をせざるをえなかったようで、Searchは純次が何をしているのか、或いは何がしたいのか、それが分からないと言いたげに、しかし顔は相変わらず無表情のままで、自分の隣に立っている純次に視線を向ける。
僅かに不機嫌に見えなくもないSearchが純次と視線を合わせると、純次はSearchがその手の意味を問いただしてくるよりも先に口を開き、言った。

「駄目だよSearchちゃん、人と話す時はちゃんと相手の方を見なくっちゃ。」

まるで幼い子供に言い聞かせるような声音と口調を使い始めた純次と、純次の発言の意味を整理して理解する事に時間を要しているらしく不気味な無表情で純次を見ているSearchを、自身の仕事をこなしながらもなんとなく様子を窺っている他の警察官達が気味悪く思ったのは、言うまでもない事だろう。
そもそも、他の警察官達からすればSearchはちゃん付けで呼ぶような見た目には到底見えないので、純次が何故子供を諭すような声音でSearchに語り掛けるのかという部分を考えずとも、この光景は中々気持ちの悪いものである。
しかし、純次はSearchをちゃん付けで呼ぶ事が以前からの習慣となっている上、Search自身は自分の呼ばれ方に特に拘りが無い為、本人達による軌道修正は不可能であり、またそのような二人を気持ち悪く思う警察官達も自らがそれを正しに行こうとする事は面倒だと思っている為、この呼び方が訂正される事は今の所無いようだ。
少なくとも、純次にパソコンの操作を妨害され、子供に何らかの注意をする時の様な調子で苦言を呈されたSearchは呼び名の事に触れる様子は無く、その代わりにしばしの沈黙を挟んだ後に短く、

「……会話がしたかったのか?」

と、それまでよりは多少抑揚のある、きちんと疑問符がついた文章になりそうな調子で確認を取ってきた。
その反応を耳にした、飽く迄も遠巻きに様子を窺っているだけの警察官達の一部は、視線を書類やパソコンの画面に向けたままで眉間に小さなシワを寄せる。
彼等は、普通の人間としての感覚を持っていれば簡単に察しが付くはずの事も分からないSearchか、そのようなSearchと会話をしようと試み続ける純次に苛立っているのだろう。
もしかしたら、その両方に苛立っている者もいるかもしれない。
しかし、当事者の片方である純次はSearchの無表情で間の抜けた反応に対し、Searchの無表情の分も自分が笑顔になると言わんばかりの楽しそうな笑みを浮かべ、これまた嬉しそうな声で言う。

「うん、そうだよ。分かってくれて嬉しいな。」

その笑顔と言葉は、捜査一課の警察官達から稀に見る性善説かぶれの馬鹿と呼ばれる程に人間の中に善意がある事や人間の本質は善である事を信じ、尚且つSearchの事も殺人鬼ではなく人間と認識する純次だからこそ出来る反応なのだろう。
証拠に、基本的には仕事をしながらもなんだかんだで二人の様子を窺っている部分のある警察官達にはそのような笑顔は一切見られなかった。
純次を性善説かぶれと評する彼等には、Searchを善意の人間だと思ったり、将来的にはそうなれるはずだと信じる気持ちなど微塵もないのだから、当たり前の事と言えば当たり前の事だろう。
彼等にとって、Searchは更生や成長は不可能だと思うに値する存在なのである。
とはいえ、彼等は別に性悪説を信条にしているという訳ではなく、極々一般的な感覚で生きているだけであり、そこに社会的・世間的な常識からの逸脱や異常さは何処にも存在しない、という事もまた事実であり、忘れてはいけない事だろう。
何故ならば、もう十年以上前の事であるとはいえ、Searchの人生の中には新興宗教という形を取った反社会的組織の主戦力であった時期があり、当時のSearchの銃口や刃は罪のない一般市民やそれを守ろうとする警察官達に向けられていた、という事実は、例えSearchの当時の境遇がどれだけ恵まれないものであったとしても消える事は無いからだ。
Searchに実際に殺された直接の被害者は勿論、親しき者を殺された間接的な被害者や、それらを哀れむ世論からSearchが軽蔑され嫌悪されるのは当然の結果であり、それを性悪説だ等と言って糾弾する必要は何処にも無いのである。
Search=Darknessは連続大量殺人犯である、という事実以外、一般的な感覚――性善説にも性悪説にもかぶれていない人々には、必要ないのだ。
その上、この捜査一課の警察官達は、今現在に至ってもSearchは精神的に更生しておらず、真人間になった訳ではない、という実態を知っているのだから、一般人よりも更に強くSearchの存在を嫌悪していても何ら不思議は無いだろう。
それは、Searchの使う仕事机が古ぼけていて、その設置場所も日当たりが悪く他の机から離れた場所である、という事実が証言している、のだが、どうやらSearch本人はその事を全く気にしていない様で、机の古さや設置場所に不満を漏らした事は一切無く、それが捜査一課の警察官達の嫌悪感を尚更煽っている、という事実すら知らない様であるから色々と救いが無い。
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