【Killer in the School】シリーズ

□番外編(短編)『性善説と殺人鬼』
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それは20XX年三月下旬、警視庁本部庁舎の中にある一室、捜査一課のオフィスでの事だった。

時刻は午後一時半、僅かに傾き出した太陽の光が眩しい頃。
案外日当たりが良い位置に存在し、夕方には多くの窓から眩しい程の夕日が差し込む事が署内では密かに有名となっているそのオフィスには、ブラインドで遮断しきれなかった日光が細く、鋭い形で室内に差し込んでいた。
ブラインドの僅かな隙間をすり抜けて室内に入り込んだ日光は捜査一課に所属する警察官達が使用している真新しく綺麗な銀色の仕事机達の上で元気良く跳ね返り、警察官達のデスクワークの邪魔をしようとする為、この時刻の彼等は昼食後の倦怠感だけでなく、明るすぎる故の視界の悪さとも戦う羽目になる事が多く、昼から夕方にかけての彼等の間には警視庁の庁舎の内部とは思い難いやや弛んだ空気が漂っている事が多い。
それは厳しい目で見れば職務怠慢と言えない事もないが、少し別の見方をすれば警察官達が緊張感を持つ必要がある様な緊急事態が起こってはいないという証拠と言えない事もない為、少なくとも署員の中にはその空気を進んで咎めるような人物は存在していないのが現状である。

そうして多くの警察官達が穏やかな昼下がりを見掛け上は静かに、しかし内心では大胆に満喫している中、その昼下がりの象徴とも言える日光が届かない場所、オフィスの隅にある少し古ぼけて傷の多い銀色の仕事机の傍に、少々不安そうな表情で佇む一人の男性警察官がいた。
やや暗い茶色でフワフワとした短髪と、人当たりの良さそうな顔付きが特徴的な彼の名は、富士東 純次(ふじあずま じゅんじ)、という。
実を言うと純次はこの捜査一課の一員ではなく、他の部署に所属する警察官なのだが、この日この時はある理由があってこのオフィスを訪れ、古ぼけた仕事机の使用者を待っていた。
古ぼけた仕事机のすぐ傍、この部屋の中で一番日当たりの悪い位置に佇みながら、純次は時々オフィスの中を見渡す。
オフィスの中には前述した通り新しく綺麗な仕事机が並び、その表面に反射する日光を眩しく感じていそうな表情をしながらゆっくりと仕事をする警察官達の姿がある。
それらを視界に入れる度、純次は今自分がいる場所は捜査一課のオフィスでありながら捜査一課のオフィスではない、まるで日本列島の本州から遠く切り離された孤島のような場所だと感じ、その疎外感が示す古びた仕事机の使用者の立場を考えては微かに胸を痛めていた。
そして純次は、これはある程度仕方のない事だという事は分かっているが、それでもやはりこの様なやり方は良いとは思えない……等と考えながら、オフィスを見回していた視線を古びた机に向け直し、小さな溜息を吐く。
すると、その溜息とほぼ同時だっただろうか、それともワンテンポだけ遅れていただろうか、そこは分からないがともかく、複数あるオフィスの出入り口のドアの内の一つ、純次のいる場所に一番近いドアがガチャリと音を立てて開き、誰かがオフィスの中に入って来る音がした。
それに気付いた純次はゆっくりと音のした方へと振り向き、入ってきた人物が自分のすぐ傍にある古びた仕事机の使用者である事を確認すると少し嬉しそうな、穏やかだが明るい表情を浮かべてその名を呼ぶ。

「Search(サーチ)ちゃん、おかえり。」
「……純次か。」

オフィスの中に入ってきたのは、不健康な程に白い肌を露出の少ない衣服と長い黒髪で隠しつつも、その不健康にも見える色白さに似合わない気がする健康的でバランスの取れた長身の人物だった。
その人物――Search=Darkness(サーチ=ダークネス)という名の女性は、朗らかな性格が目に見えて分かる純次とは違い、この世の全てに冷めきったような、或いはそもそも熱意などを持っていないかのような無表情を浮かべたまま、淡々と反応しながら古びた仕事机へ歩み寄って来る。
その際、オフィスにいる他の警察官達が僅かにではあるがざわついたり、自分とSearchの様子を窺っている気配を感じた純次は少しだけ重苦しい気分になりながら僅かに視線を動かしかけたが、自分がそれらを気にする事でSearchに不安を与えてはいけない、と直ぐに思い直す事でそれらの存在を意識から追い出し、視線をSearchに向け直す事にした。
一方、Searchはオフィスのざわつきなど知った事ではないらしく、長い前髪の間から見える紅い右目がオフィスにいる他の警察官達に向けられる事は無いままである。
長い前髪の下に隠れた紅い左目も、オフィスに漂う不穏な空気、動向を見てはいないようだった。
Searchが現在見ているものはただ一つ、自分の名を呼んだ純次の顔だけであり、Searchはそこから視線を一瞬も逸らす事が無いまま純次の目の前へとやってくると、やはり淡々とした声で純次に問いかける。

「何か用か。」

Searchが問いかけに聞こえないような淡々と抑揚の小さい声で訊くと、純次は今になって目的を突然思い出したかのような、そういえばそうだよ、と言いたげな顔を見せた。
それは、もしも今純次が会話をしている相手が他の警察官や一般市民であったなら、純次のおっとりのんびりとした性格に呆れたり、今まで忘れていたのか、等とツッコミを入れてもおかしくは無い挙動であったが、Searchはそのような様子は一切見せず、ただじっと純次を見詰めているだけであった。
純次の眉間に風穴が開きそうな位に純次だけを真っ直ぐ見据えているSearchの表情は、何か重大な事を考えている様に見えなくもないが、同時に特に何も考えていない様にも見えるという、なんとも不思議であり、不気味なものでもある。
しかし、Searchのその様な表情や視線に対して他人よりは随分慣れのある純次はそれらに威圧感を覚え困惑する事や不快に思う事は無く、至って普通に、普通と言える人々と会話をする時の様に、感情豊かで抑揚もしっかりつけた声で自分がこのオフィスにいる理由の説明を始めていく。

「あぁ、そうそう、それなんだけどね……前の上司から聞いたんだけど、Searchちゃん、新しい指令を受けたんだよね? 確か、東京都S区第二中学校への潜入捜査、だっけ。基本的にはそんなに多い事じゃないおとり捜査だし、潜入先が中学校って聞いたから、僕……少し気になっちゃって。」

純次は照れ笑いにも似た笑みを浮かべながら説明し、たまに視線をSearchから外していたが、Searchは眉一つ動かす事無くただじっと純次を見詰めたまま純次からの説明を聞いていた。
その表情はやはり極度の無表情で、何を考えているのかが非常に分かり辛い、と言うよりも、最早全く分からない、の領域に達している。
他の人々であれば気味悪がって避けていってもおかしくない程に表情の変化や視線の動きが無いSearchを、オフィスにいる警察官達の一部が遠巻きに見ているその様子にすら、Searchは関心を持っていない様だ。
そのようなSearchの様子を純次が、相変わらずだ、と思っていると、純次が一頻り説明を終えた事を認識したらしいSearchが純次へ問う。

「何が気になっているんだ。」
「えっ? うーん……何が、って訳じゃないんだけど……強いていうなら、現場が中学校ってところかな?」

どうやら純次はSearchからの問いの内容を想定していなかった様で、少しキョトンとした表情を見せてから少し考える素振を見せ、それから少し困ったような顔を見せながらSearchの問いへの答えを出した。
何故そのような答えを選んだのかというと、Searchの境遇を昔からよく知っている純次にとって、Searchが捜査上の都合とはいえ中学校に勤務するという異例の事態は、二つの相反する感情が入り混じる状況であるからだ。
そう、Searchの境遇――二十五年以上前に発足した新興カルト宗教『Dirty Blood(ダーティ ブラッド)』教祖夫婦の娘であり、組織で一番の殺人鬼として組織の武力の中心的存在を担っていた元少女であり、現在は警察の武力の一端を担う人物である、という境遇を、純次はよく知っている。
その純次からすると、いくら潜入捜査という業務上の理由とはいえ、Searchを警察とも反政府組織の類とも一切関わりの無い中学校へ勤務させるという上層部の判断は、彼等の正気を疑わざるをえない面がある事は否めないのだ。
しかも、純次の以前の上司曰く、Searchの中学校での役割は用務員や警備員ではなく、教師であるとの事であり、純次はいよいよSearchと中学校と言う親和性の無さ過ぎる組み合わせから生まれるであろう様々な不和への不安が隠しきれなくなってしまったのである。
それはおそらく、Searchの境遇を知っている以上、抱いても不思議はない不安である、と言うよりも、抱いて当然の不安であっただろう。
この捜査一課のオフィスにいる他の警察官達も、Searchに中学校への潜入捜査を命じる判断が下されたことを知っている者は皆、純次と同じような、否、むしろ純次よりも格段に大きな不安と、上層部への不信感を抱いている筈なのだから、純次が感じた不安は何らおかしいものでは無い筈だ。
であるから、本来ならば純次はSearchの境遇を知る人間の一人として上層部に掛け合い、Searchに下された中学校への潜入捜査という指令を取り消すよう頼むべき、なのだが、純次はどうしてかそれをしようとはしていなかった。
それには、純次が今回の指令に対して抱くもう一つの感情が関係している。

「えっとね、正直言うとね、僕、少しだけワクワクしてるんだ、Searchちゃんが中学校に勤務する事。だって、今の中学生の子達はあの頃の事を殆ど知らないでしょ? だから、Searchちゃんも昔の事を気にせず自然に皆と仲良くできるんじゃないかな、って。」
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