【Killer in the School】シリーズ

□序章『全てはそこから始まる』
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写真はやや穴だらけになりながらもほとんどの生徒の顔が見える程度の状態を保っていたが、その中で二つだけ、生徒の顔が見え難くなっている個所がある。
長い黒髪に鮮やかな青のジャケットが目立つ生徒の顔と、黒い長袖のトレーナーの上に袖の無い赤い上着を着た生徒の顔は、画鋲の穴がまるでテレビでよくある顔を隠すためのモザイクのようになってしまっていた。
それは、彼にとって見覚えのある――いやむしろ忘れる事などできない光景にそっくりで、彼は静かに唇を軽く噛んだ。
だがそれも一瞬の事。
集合写真から視線を逸らした彼は再びその視線を未彩に向け、笑顔を作ってから言う。

「そっか、僕もそういう事があるから、なんとなく分かるかな。それとね、僕もその本読んだことあるんだ。よかったら今度、読んだ感想でも聴かせてよ。未彩ちゃんの目にその物語がどう映るのか、僕、興味あるなぁ。」
「……はい、じゃあ読み終えたらお聞かせしますね。」

一瞬の間を置いて彼の言葉に反応し、本の表紙から顔を上げた未彩の目に先ほどの愁いのような憂いのような陰は無く、その表情は彼と同じような整った笑顔に変わっていた。
それ故彼は、未彩が本心から笑ってはおらず、その笑顔は飽く迄も先ほどの陰を隠すための仮面に過ぎない、という事を容易に読み取ったが、彼がそれに自ら触れる事はない。

「うん、楽しみにしてるね。」

未彩と同じような笑顔を見せつつそう答えた彼を、薄情だと思う者もいるかもしれない。
だが、実際のところ彼は、例えば他人の面倒事に巻き込まれたくないからと言って虐めを見過ごすような薄情な教師ではなく、むしろ自らの経験からその手の問題には熱心な方である。
ただ、だからと言って時と場合を考えずその問題に触れるような事を、彼はしない。
彼は、その問題に触れるべきタイミングを見計らうよう常に気を付けていて、だから未彩がその問題について話したいと思っていないであろう今は、自分からその手の話題に触れる事はしないようにしている、というだけなのだ。
勿論、もし未彩が彼の目の前で虐めを受けていれば、彼は加害者を制止して未彩を助ける為に、未彩と加害者の間に割って入る覚悟を持っている。
それは、未彩が被害者である限り絶対だ。
例え、どのような手段を用いる事になったとしても、加害者の制止に全力を尽くす、というのが、彼の信念なのだ。

とはいえ、今は彼の前にも未彩の前にも、制止されるべき加害者の姿は無い。
彼が左手首に巻いた腕時計を見て時間を確認すると、時刻は午前七時五十二分を指している。
彼はふと窓の外を見ながら、そろそろ職員室に戻った方がいいのだろうかと考え始めた。
だが、彼にとって職員室は決して居心地のいい場所ではない。
だから彼は、職員会議の三分前になるまでこの教室に留まって、未彩と話しながら時間を潰す事を選んだ。
何か会話のネタになるものが無いかと思いながら彼は未彩を見る。
しかし、未彩は彼の立っている位置とは反対の方向――窓の外に視線を向けていた為、彼の視線と未彩の視線が重なる事は無かった。
未彩は一体何を見ているのか、それが気になった彼は、未彩の背後を通過して窓に近づき、外を覗き込む。
そして、未彩が見ていたであろう二人の生徒を見つけると、少しだけ、表情に動揺のようなものを滲ませた。

「……人が、増えてきましたね。」

その直後、沈黙を破ったのは、意外にも未彩の方だった。
彼は表情に滲んだ動揺を急いで振り払い、最初のような笑顔を作って振り返りながら、

「そうだね、八時が近くなってきたからね。」

と言ってみたが、そう言われた方の未彩の表情はどうにも晴れない様子なので、彼の顔からも笑顔が薄れていく。
彼は黙って、もう一度窓の外に視線を向けた。
窓の外――校庭には既に十人から十五人程度の生徒が昇降口に向けて歩いている姿が見えるが、彼が、そして未彩が見詰めているのは、その中のたった二人だけだ。
彼と未彩が見ているその二人は、よく見ると片方が女子でもう片方が男子なのだが、とても仲の良い友人関係にあるようで、随分と楽しそうな雰囲気を撒き散らしながら昇降口へ向けて歩いている。
それは、この二人に性別などというものは意味を持たないからなのか、それとも意味を持った上で壁が無い状態となっているのか、彼には分からない。
だが、その女子生徒と男子生徒の友人関係、或いはそれに類似した何らかの関係が、未彩の精神に何か暗い影を落としている事だけは理解できていた。
しかし、こちらの件に関しては、今の所彼にできる事は何も無い為、彼は少しだけ悲しそうで、それでいて恨めしく思っているような表情を一瞬浮かべた後、何度目か分からない笑顔を作って未彩へ振り向く。
おしゃべりは此処までにしておいた方がよさそうだ、と思ったのである。
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