【Killer in the School】シリーズ

□序章『全てはそこから始まる』
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西暦は20XX年、季節は春と夏の狭間の5月中旬の事。
国は日本、地域は東京都S区、その中にある『東京都S区第二中学校』の校舎の中に、彼はいた。
彼は、先月入学したばかりの一年生達が集う教室の並ぶ廊下を歩いていた。

校舎の内側の世界と外側の世界の境界線となる壁に埋め込まれた窓からは、春とも夏とも言い難い日差しが鋭く射し込んでいて、彼の身体を縦に割るように、半分だけ、明るく照らしている。
男性にしては僅かに長いが、ショートカットの範疇には収まっていて、ふんわりとした形を保ちつつも、漆のように黒い彼の髪は、その日差しに照らされても尚黒く、しかし何処か輝かしく、まるで黒い宝石のようだ。
また、彼は白いワイシャツの上に藍色のスーツと赤黒いネクタイを着用しているのだが、それらも日差しに照らされており、藍色のスーツは鮮やかな青色を、赤黒いネクタイは深くも鮮やかな赤色を見せている。
それらは一切の乱れも無く整った形で着用されており、彼が非常に几帳面な性格である事を物語っていた。
更に、彼は歩き方も丁寧且つ静かで、粗暴な印象は一切無い。
顔は何処か幼さが残っており、水平よりも僅かに垂れ目ながらもぱっちりと開いた大きな目は、彼から男性らしい凛々しさを奪っていた。
その上、身長がそこそこ高い割には全体的に華奢な体つきなものだから、雄々しさや屈強さも何処吹く風だ。
その為、他人から見て彼は、おとなしい成人男性の極まったもの、という評価を受けている。
そう、彼はこの中学校の教員の一人だ。
そして彼は今、自分が受け持つ学級の教室に向けて歩いているのだ。

東京都S区第二中学校の校舎は四階建てで、彼が今いる一年生の教室が並ぶ廊下は二階にある。
窓の外には背の高い木々が所々頭を覗かせていて、黄緑色から普通の緑色に変わり始めた葉も見えた。
それは、四月に緊張と共に入学した一年生達が少しずつ、二年生や三年生と同じ様にこの学校の色に染まっていく様子にも似ている。
朱に交わればなんとやら、だ。
そんな外の景色に時より視線を向けながら彼は廊下を歩いていたが、やがてある教室の入り口の前にたどり着いた時、彼は足を止めた。
入口の上のクラス名が書かれた白い表札には、一年二組、という四文字が簡素なフォントで黒く印刷されている。
このクラスの今年の担任は、彼だ。
入口の少し手前で立ち止まった彼は左手首に巻いた腕時計を確認する。
腕時計が彼に知らせた時刻は七時五十分で、生徒が教室に着くには少し早い時間だったが、彼は左腕を下ろすと再び歩き始め、教室の入り口のスライド式の扉をゆっくりと開き、教室に足を踏み入れた。
すると、パタン、と何か軽いものが机に倒れるような音がして、教室の後方から彼に声がかかる。

「あ、藤咲(ふじさき)先生。おはようございます。」

教室に入った彼は、特に驚く事も無く声のした方向に顔を向けた。
教室には生徒の席が全部で三十席、縦五列の横六列で並んでいるのだが、声の主は最後列の窓側に座っている生徒だった。
その生徒は、かなり長い黒髪を結ぶ事も無く自由にしていて、彼とは違い切れ長でやや吊り気味の目をしており、衣服は彼のスーツのような紺色のポロシャツの上に鮮やかな青色の長袖襟付きジャケットを着用していて、机の下の脚が穿いている長いズボンは真っ白い色をしている。
一目見ただけでは男子なのか女子なのかいまいちよく分からない外見をしたその生徒に、彼は迷う事なく微笑んで挨拶をした。

「おはよう、未彩(みさい)ちゃん。今日も早いね。」
「先生こそ、お早いですね。」

彼が微笑んで挨拶をすると、彼が未彩ちゃんと呼んだその生徒も軽く微笑する。
その生徒――名は、清上院 未彩(せいじょういん みさい)というのだが、未彩の机の上には一冊の文庫本が置かれていて、それに興味を感じた彼は前方の机の間を縫うようにして未彩の机に近づき、本の表紙を覗きこんだ。
本の表紙には、住宅地の風景をデフォルメ化したかのような抽象的なイラストの中心に黒い正方形が印刷されており、その中にタイトルと著者名が書かれている。

「へぇ、太宰 治の『人間失格』か。未彩ちゃん、中々難しい本を読むんだね。」

彼がそう言うと、未彩は少し恥ずかしがるように苦笑した。

「えぇ、まぁ……この間、本屋で衝動買いしまして……。」
「そうなの? もしかして未彩ちゃん、純文学好き?」
「いえ、特別そういう訳ではないんですが……なんとなく、ピンとくるものを感じた気がしたので。」

そう言って本の表紙を見る未彩の目には何処か愁いとも憂いとも言えるような陰があり、それを見た彼の表情からも笑顔が徐々に消えていく。
そして彼は未彩から視線を外し、未彩の席より更に後方にある教室の壁に貼られたこのクラスの集合写真を見た。
こういった写真は誰かが悪戯で画鋲を刺して穴だらけにするのが一種の風物詩だが、彼はそこに悪戯では済まされない悪意の姿を感じ取っていた。
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