短編・SS等
□いろいろのかげ
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あるところに、影が透明な人たちの暮らす街がありました。
透明な影の人々は感情が何もなく、悲しくも、楽しくもなく、素直に暮らしていました。
その街のあるところに、服を作る男の人がいました。
その人は、三色の服を作っていました。
その服を着ると、服と同じ色の影ができました。そして、色によって感情も決まっていました。
赤色の影の人は元気で怒りっぽく、青色の人は静かで悲しそうで、黄色の人は明るく楽しそうになるのでした。
服を作る人は、それぞれの色の入った「思いの壺」から色を出して、毎日毎日服に色を付けていました。
街にいる人たちは、みんなその人の作った服を着ていたので、街には色とりどりの影ができていました。
ある日、赤色の服を着ていた男の人は青色の思いの壺と黄色の思いの壺を倒してしまいました。
慌てて壺を起こしましたが、周りは色が流れて汚れてしまいました。片づけなければとイライラしていると、床に広がった青色と黄色が混ざって違う色になっているのを見つけました。
赤色の服を着ていたので、見つけたときはめいいっぱい喜び、これで服を作ったら面白いのではないかと考えました。
さっそく男の人は白色の服を持ってきて混ざった色に付けてみました。
すると服は、葉っぱと同じきれいな緑色になりました。そのあと、床を掃除して服を仕上げました。
男の人は着てみようと思い、赤色の服を脱ぎ緑色の服を着ました。すると、影も赤色から透明に、透明から緑色に変わりました。
するとどうでしょう、さっきまで元気いっぱいだった気持ちは消えて、とても穏やかな落ち着いた気持ちになりました。青色くらい暗くなく、黄色くらい明るくない、とても気持ちの良い気分でした。顔もしっかりした少し怖い目からとても優しそうな目になっていました。
男の人は、これは面白いと思うと、赤色の服の時よりも少しゆっくりした動きで新しい壺を取り、中に青色と黄色を混ぜて入れて新しく緑色の服を作り始めました。
出来た緑色の服を売ると、「これは面白い」とたくさんの人が買っていきました。
次の日、男の人は他にも色ができないかと思い、壺にいろんな色を混ぜていきました。赤色と黄色、青色と赤色、緑色と赤色。それぞれオレンジ色、むらさき色、茶色になりました。
作った色で服を作ると、新しい感情ができました。
元気いっぱいの楽しい感情、いろいろ考える面白い感情、いじけてしまう悔しい感情。
新しい色で服を作ると、これもいろんな人が買っていきました。
それからも、新しい色を作ろうと壺にいろんな色を混ぜていきました。
片方をちょっと多く入れたり、水を入れて薄くしたり、三つや四つの色を混ぜたりもしました。
やがていろんな感情の服が出来上がりました。少し悲しい感情や悲しいのに感動する感情、考えることが大好きになる感情やわがままになる感情もできました。
そして色が増えていくと、街にいる人たちの影も色とりどりになっていきました。
葉っぱの色、空の色、夕日の色、海の色、土の色、色とりどりの花が咲き乱れたようにきれいになっていきました。
最後に、男の人はすべての色を混ぜてみました。
すると、きれいな虹の色ではなく、真っ黒になってしまいました。
男の人は、こんな色は着たくないと考え、服を作らないで放っておいてしまいました。
それから何回も混ぜてみましたが、どうしても黒色になってしまうのです。
ある日、たくさん作ってしまった黒色を川に捨ててしまいました。しかし、川の水は変わらず透明なままでした。
それを見て不思議に思った男の人は、川の水を手ですくってみました。臭いを嗅いでも何もありません。
試しに飲んでみることにしました。川の水を口に入れると、味は何もしませんでしたが、とても不思議な気持ちが出てきました。
それは、すべての色の気持ちが混ざった複雑な気持ちでした。そして影を見てみると、黒色になっているのでした。
びっくりした男の人は、服を脱いでみました。しかし、影の色は黒色のままだったのです。
その時、男の人の心には素直な驚きの感情のほかにも、こんな色は嫌だとか、なんで色がついたんだとか、黒はどんな気持ちなのかとか、いろんな感情があふれていました。
そして男の人は気づきました。黒色の気持ち、それはいろんな色の気持ちが混ざった、一番面白くて、大変な気持ちなんだと。
そしてこれはすごいことだと思った男の人は、街の人々にそれを伝え川の水を飲ませてみました。
はじめは嫌がっていた街の人も、一口飲んでみた途端、驚き、喜び、悲しみ、怖がり、面白がりました。そして、みんながみんな、これはすごいと考え、とても幸せになりました。
やがて街は黒い影だらけになり、今までのように色とりどりにはなりませんでした。しかし、黒い影の人々はとても幸せそうでした。なぜなら、いろんな感情を一度に感じることができるからです。そして、大切なのはきれいな色ではなく、いろんなことを感じられる心なんだと知ったからなのでした。