メモ

□雨時々男
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人生最大の転機があったとするなら、あの日躓いて風呂に落ちたことだろう。
それがなければおおよそこんな摩訶不思議な世界には旅立たなかっただろうし、こんな厄介な体質にもならなかっただろう。
今更ながらそう考え直すのは、今この時点で自分の命が風前の灯だからだ。
かの有名な武田信玄の御前ではあるが、死ぬのが対価であるならけして望みはしなかった。
そして死ぬ間際に限って自分の性別ががらりと違う男というものになっているのだから尚更だ。


「男なら腹決めなよね」


おちゃらけた様子で言ったオレンジ頭には酷く反論がある。
自分の性別は、生物学上女であると。
こんな某女男の格闘マンガのようなものは笑い話にもならない。
特に自分に降りかかったとなると本気で困るのだ。
早く家に帰りたいし、なんせ冷蔵にしまったヨーグルトの行方が気になる。
ヨーグルトは悪くなると刺激臭にも近い臭いを出すから処分に困るのだ。
早々に胃に収めてしまいたいが、こんな調子では叶わないのだろう。


「〜っ聞いてる?!!」


ギャンッと耳元で吠えられた声にびくりと跳ねた肩。
声の主はフェイスペイントをした派手な男だ。


「うええ、聞いてないよ!うるさいなぁ!!」


逆ギレをかませば、男は青筋を浮かべて見下ろしてくる。
どうやらご立腹なようだが、話は本当に聞いていなかったし自分はそれどころではない。


「こっちはそれどころじゃないの!!」


軽くなった胸と逞しくなった身体に何度目かのため息をついて、またも男の言葉は聞き流した。


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