この世成らぬ地の

□#12
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犬小屋のような部屋でごろりと眠る蓮の周りには、シロだけではなく他の犬もへばりついていた。
見た目には違和感しかないが、予想外にも寝心地はいいようですやすやと寝息が響く。
時間がくれば野生の習慣からかぱっちりと目を覚ます彼らの部屋には目覚まし時計なんてものは存在しない。
だから余計に静かで寝息や寝言がよく聞こえる。


「ん、あさ…」


まだ開ききっていない瞼のままに起き上がり、ぐぐっと背骨を鳴らす。
骨のはまる感覚に心地よさを感じながら、蓮は横で眠るシロを撫でた。
ふわふわの綿毛とチクチクの硬い蓑毛が手に心地いい。
何度か掌を往復されていると、触られている感覚にシロは目を覚ました。


「まだはやいよぉ」


もじもじと撫でる手から逃げるように体を動かすシロ。
口の端からはだらしなく涎が垂れているが犬なので愛嬌にしかならない。
他の犬たちを起こさないようにゆっくりとそこを抜ければ、夜勤担当がちらほらと視界にはいる。
空気に飽和する血の匂いは、どんなに刑場から離れていても鼻につく。


「相変わらずだ」


そう言った蓮は特に表情を変えずに曇天を仰ぐ。
鉛でも張り付いたような空はそうそう変わることはない。
これが日常だということを彼女は重々に承知していた。


「まあ、ここは少し獣臭いね」


そう言って少し目を細めたが、別段嫌悪の表情ではない。
懐かしむような愛おしむような表情だ。
しかしそれを見ていたものはいなく、誰の記憶にも残らないうちにそれはそっと消えていく。
蓮だって暇ではないのだ。
シロを起こしに部屋に戻れば、どこか飄々として掴み所ない笑みが張り付いていた。


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