この世成らぬ地の

□#09
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元気な白澤も見れたし十分にうさぎの毛並みも堪能したと、蓮はそう告げて去ろうとする。
その後ろ姿があまりにも遠いものに見え、白澤は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
かつては大きく見えたその体。
けれども今では腕の中に収まるものだし、掴んだ腕も細い女のものだ。
依存のような感情を抱く自分を嫌悪しながらも、やはりその手は離せなかった。


「どうした?」


まるで変わらない声で問いかける彼女。
こんなにも近くにいるのに、溝を挟んだような虚無感が白澤を飲み込む。
深く重いその感覚は会えなかった時間に比例していた。


「…なんでもないよ。また遊びに来てね」


誤魔化すようにそう言った白澤。
その顔に違和感を覚えたのは鬼灯だけだったが、彼はそれを口にはしなかった。


「また近いうちにすぐ来るよ」


ほほ笑みを浮かべ、そう答えた。
短い言葉だ。
そして記録には残らない言葉での約束だ。
それでも、白澤には十分すぎるほどのものだった。
不安が消え去る。
そんな感覚に安心を覚えると、白澤はそっと手を離した。


「毎日だって来ていいのに」
「仕事にならんだろ?」


そう告げた蓮は少しだけ寂しそうに笑っている。
彼女の本質的に天国は長居のできない場でもあったのがそれの要因であろう。


「また来るよ、必ず」


念を押すようにそう告げて、蓮は白澤の額にキスを落とした。
髪と三角巾を隔ててはいたがそれは暖かく、白澤の胸にすっと入り込む。
母が子へ安心させるためのようなそれは、けれどもどんな睦言よりも愛に溢れているようだ。
目を細めた白澤が「祝一路平安(いってらっしゃい)」と告げると、蓮はその頬を撫でてから背を向けた。


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