この世成らぬ地の

□#07
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白澤はなにかを感じたのか駆け足で自分の店へと戻った。
ぞわぞわと背中をなにかが這う感覚。
嫌なことと楽しいことの両方が頭を過ぎる。
もしかして恩師である彼女が帰ってきたのかもしれない。
もしかしてあの大嫌いな鬼神が押しかけてきたのかもしれない。
どちらにしてもそこにいるのならば会わねばなるまい。
いつもより少し乱暴にドアを開け、中を確認する。
するとまるであの時と髪のひと房も変わらない恩師の姿についつい吐息が漏れた。


「…っ蓮ちゃん」
「久しいな、白澤」


にいっと口角をあげる笑みもあの時と寸分変わりない。
一歩、また一歩と近付く。
まるで離れていただけの時間のように長く感じる歩み。
あと少しと気を抜いたところで、しかしなにかが白澤の足をかっ攫った。
ずべっと転ぶ。
それはもう恥ずかしいくらいに派手にだ。
キョロキョロと辺りを見渡し、丁度今しがた起きたことを理解しきれずいる白澤。
それをクツクツと笑う蓮は目を細めて鬼灯を見つめた。


「鬼灯、苛めてやるんじゃないよ」


嗜めるような声音で言う。
その音には母のような寛大さがあった。


「大丈夫かい?白澤」


意地悪い声の蓮。
しかしそこには優しさがあり、そっと差し出される白い手は確かにそれの具現化だった。


「いつ、帰ってきたの…?」


間抜けな声で問いかける白澤。
その手を掴んで立ち上がれば、彼は真っ白な服についた汚れを払う。


「いや、今しがただよ」


クツクツと楽しそうに笑う蓮に、白澤は少しばかりホッとしたように笑った。


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