この世成らぬ地の

□#03
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かれこれきっかり1時間後、人が捌けた食堂に鬼灯は現れた。
勿論目当ては蓮だが、当の本人がどうもこの食堂に見当たらない。


「すみません」


食堂の調理場へ向けて声をかけると、「はいはい」と言いながら見慣れた割烹着を着た女が現れる。
俗に言う"食堂のおばちゃん"だ。


「ここに見た目が派手な長身な女性はいませんでしたか?」


いつも通り無表情で淡々とした物言いに"食堂のおばちゃん"はクスリと笑い、奥の方へ消えて行った。


「蓮さん、お迎えが来たわよ〜」
「あ、鬼灯?」


ケラケラと笑いながら奥から出て来たのは紛れもなく蓮だ。
なにか食べていたのだろうか。
彼女の左頬にはなにかの食べカスが付いていた。


「蓮さん、なに食べてたんですか?」
「ん?あー、栗食べとった」
「栗、ですか」


呆れたように返した鬼灯。
されど蓮は大して気にもせず、食べカスを拭って食堂のおばちゃんと向かい合う。
そして簡単な礼を言って笑った。


「おばちゃん、栗ごちそーさま」
「なぁに、いいのよぉ。デートいってらっしゃい」


にこりと笑ったおばちゃん。
デートではない言い返せないままに引っ込んでいってしまった後ろ姿に、蓮はため息をこぼす。
けれども嫌悪が押し寄せる訳でもないのだから、これ幸いだ。
早足で食堂を抜ければ、誰の目にもつかないところで今度は鬼灯がため息を吐いた。
眉間に寄せられたシワは当社比で見ても深い。


「貴女は相変わらず…」
「相変わらず?」
「いえ、なんでもないです」
「言いな、溜め込むのは良くない」
「はぁ、読めない方だ」
「それは誉め言葉として貰っておこう」
「本当に。恋仲ではないと否定すればよかったでしょう」
「なぜだ?私は嬉しいがなぁ」
「物好きですね」


鬼灯の吐き出した言葉をあっさりと受け入れてしまう蓮。
散歩と呼ぶには少しだけ物足りないような歩行距離を進みながら、懐かしさに浸って肩を並べ歩くのは悪くなかった。


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