抜き身に気を付けて

□#18
1ページ/1ページ


自席で背伸びをした忍、時間はきっかり定時だ。
バッグを持ってまだ仕事を片付ける同僚に別れを告げる。
お疲れ様でした、の一言が憂鬱なのは帰る場所が住み慣れたマンションの一室ではないからだ。


「戻りましたァ」


間延びした声が門を潜る。
開けた視界の中で、忍は違和感を覚えた。
朝、安定に渡した紙には内番や掃除、出陣の編成や先まで細かく書いたものだったのにも関わらず、大差ないように見える本丸。
むしろ先程から遠征に出したつもりの粟田口派の面々が走り回っている。


「…ねえちょっと、出陣は?」


ちょこまかと歩いていた前田を捕まえて、忍はそう問いかけた。
けれど彼はなんのことだとむしろ問いかける始末。


「おいおいまじか」


パタパタと廊下を走りながら安定を探す。
確かに押し付けるような形でだったが、人当たりは良かった彼がまさか放棄だなんて、と安直だった自分を恨む。
見つけた彼に問いかければ案の定。


「だってよく考えたら主でもなんでもないし、いうこと聞く必要も無いでしょ?」


出陣してくれたし内番してくれたし、という昨日のことが嘘のようだ。
その場にしゃがみ込み、忍はガリガリと頭を掻く。
大誤算だ、そうはっきりと意識した頃には彼女の神気がまた乱れていた。
視界がどろりと濁り、彼らの表情が引き攣るのを感じる。
忍が審神者になれなかったのはこの神気の不安定さも要因だった。
ピアスの形をした制御装置はあまりその機能を果たしていなく、こうして漏れだしてしまうこともしばしばだ。


「もういい…」


そう残して、忍は本丸を出た。
向かう先は今日出陣先として設定していた時代だ。


.

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ