【ミックスCP】

□disり愛
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敗けた──。



二口が主将となって初めて出場した春高予選で、伊達工は青葉城西に敗北を喫してしまった。
出たからには当然勝利をもぎ取る気満々で、メンバーの気合いも十分だった。
もちろん伊達工が誇る鉄壁という名のブロックも完璧で、チームとして万全だったからこそ、尚のこと勝機を逃してしまったことが悔しくてたまらない。

「二口、気持ち切り替えて行こうよ、な?」

川を見下ろせる遊歩道に沿って設置されたベンチに座り、ガックリと項垂れる二口を、茂庭が必死に励ます。
自分はもうすぐ卒業してしまうが、二口はまだ2年で来年があるのだから、今からしっかり練習しておけば県内のどの学校よりも強いチームを築けるはずだとも口にする。
あまりにもいつもの覇気がないので、なけなしの小遣いでたい焼きまで買ってやったのだが、無言で食べ尽しておきながら未だ復活の兆しが見えない。

「お前がそんな顔してたら、みんなの士気も下がっちゃうだろ?」
「……わ」
「ん?」
「及川……ホンット、ムカつくわ、アイツ」

茂庭はしばし考え、どうやら二口は青葉城西に敗けたというよりは、及川に敗けたということに怨念を抱いているようだと察した。

「なあ、せめて『及川さん』って呼ぼう?相手はあれでも俺と同い年なんだからさ」
「信じらんねーです……あんなムカつくヤツが茂庭さんと同い年とか……」
「なんでそんなにムカつくの?」

二口と及川の間に特別な接点などなさそうに見えるのだが、私怨と呼んでも差し支えない恨みを抱く理由が、一体どこにあると言うのだろう。

「向かいのコートに立たれると、クソムカつくんです。グーで殴りたくなる感じですよ」
「そうなの?」

もちろん茂庭は及川率いる青城との対戦経験がないので、二口の台詞に同調してやることはできない。
とはいえ、対戦すればあの弾丸サーブをガンガン決められてしまうのだから、あまりいい気持ちはしないかもしれない、という程度の理解はできるつもりだ。

「及川ってサーブもだけど、セッターとしても凄いヤツだからなぁ」
「どこが凄いんです?なんか嫌味な感じでニヤニヤしてて、気持ち悪いですよ」
「気持ち悪いとか失礼だから、やめよう?」

そんなことを言われても、二口としてはこうして茂庭と2人きりの時にしか愚痴を言えない立場なのだから、ここは黙って聞いていて欲しい。
別に茂庭が心から及川を嫌う必要はないが、敢えてあちらの肩を持つような物言いは控えて欲しい。

「俺、そんなにオトナじゃねーんで、我慢して聞いてくださいよ?」

どこか悲しそうな目で見つめられてしまうと、さすがの茂庭も何も言えない。
確かに主将であれば、チームメイトの前で他校の主将の悪口など言えないことも分かるので、ここだけの話として聞いておく分には問題ないと思い込むことにした。
しかし、そう腹を括ったのも束の間、2人きりの空間は陽気な声でもって邪魔されてしまう。

「あっれー、ダメな鉄壁の人達じゃーん?」
「──っ!?」

この限りなく癪に障るテノール、沈鬱な空気を全く読まないハイテンション、こんなに二口を不愉快にさせる人物など、この世に1人しか存在していない。
二口は丸めていた背をしっかり伸ばすと、声の方向に視線を向け、たまらず「んげっ!?」という素っ頓狂な声を発した。
もちろん茂庭も「なんてこった……」的な表情をしたまま、無言で硬直を強いられている。
2人の視線の先には、白地にミントグリーンのロゴ入りジャージを着た及川と、真っ黒なジャージ姿の影山が並んで立っていた。

「あ、青城にも敗けた鉄壁さんスか……?ちわス」

なぜこんな場所で会ってしまうのかと下唇を噛み締めるが、時既に遅しとはまさにこのことだ。
しかもそこはかとなく伊達工が誇るブロックを見下したような物言いをされているのだから、余計に歯痒い。
だが、何かがおかしい。

「あ、そう言えば二口クンだっけ?キミ、主将だったんだよね?」
「……悪いんです?」
「そんなことないよ、他にできる人いなそうだったし、いい人選なんじゃない?」

二口の額に血管が浮き出るようだ。
他にやれそうな人間がいないということは、消去法で自分がキャプテンに選ばれたと言われているようなものだ。
二口の人望の厚さやエースとしての立場など考慮せず、成り行きで選ばれたかのように聞こえる。

「それにしてもさぁ、キミらホント、真面目にブロック練した方がいいよ?インハイ予選で烏野に敗けて、春高予選で俺達に敗けてるようじゃ、とても鉄壁なんて言えないじゃん?」

そこまで聞いたところで、先ほど覚えた違和感の理由に思い当たる。
確かに伊達工は春高予選で青城に敗けてしまったが、青城とてその直後のゲームで烏野に敗けている。
よって変人の片割れである影山が及川をdisらないことが、どうにも不自然なのだ。

「オイコラ、変人」
「ちょっと、二口?変人じゃなくて、影山クンだよ?」
「茂庭さんはちょっと黙っててください。お前さ、青葉城西に勝ったってのに、なんで青城を悪く言わねーんだ?」
「は……?」

それまで及川の饒舌ぶりを半ばウットリしつつ見つめていた影山は、突然話題を振られて困惑した。
そもそも二口とは喋ったことがなく、また対戦した記憶も曖昧なので、年上なのか同学年なのかも覚えていない状態だ。

「飛雄が俺達のこと悪く言うワケないじゃん?バカなの、キミ?」
「バカじゃねーです。つーか俺、そっちの変人に質問してるんで邪魔しないでください」
「ふぅん、じゃあ飛雄、答えてあげれば?」

とはいえ、青葉城西を悪く言わななければならない理由が思い付かない。
あの試合は紙一重で、どちらが勝ってもおかしくはなかっただけに、影山としてもあまり勝ったという実感が持てずにいる。
更に言うならコートを隔てて向き合っている時の及川は凛々しく、敵ながらこっそり見惚れていたほどで、欠点など考えたこともなかった。

「青城って、完璧なチームなんで」
「はあ!?完璧なチームなら、オメーらに敗けるワケねーだろ!?バカなのか、オメーは!?」
「バカじゃねーッス、及川さんの恋人ッス」
「ねー、俺達ラブラブだもんね、飛雄?」

そんな事を言い合いながら、目の前でイチャイチャし始めるのだから、これにはさすがの茂庭もいたたまれなくなってくる。
何とか逃げたくても二口は臨戦態勢で素直に言うことを聞きそうになく、かと言って自分が仲裁したところでとりなす自信もない。

「なんでだよ!?おかしいだろ!?なんで俺らのことは『ダメな鉄壁』とか『青城に敗けた鉄壁』とか言うクセに、青城のことdisらねーんだ!?」
「でも、実際ダメでしたよね?」
「ダメじゃねーよ!オメーらが変人過ぎんだろ!?」
「でも、青城に敗けましたよね?」
「敗けたけど、青城だって烏野に敗けただろ!?だったらオメーは青城もdisれよ!?平等って言葉知らねーの!?」

何だか物凄い剣幕で捲し立てているが、一体何が気に障っているのだろう。
それに「でぃする」という言葉の意味も、生憎影山には理解できていない。

「及川さん、『でぃする』って何のことッスか?」
「んー?飛雄はさ、そんな薄汚い言葉知らなくていいんだよ」
「え、汚ねー言葉なんスか!?最低ッスね!」
「うんうん、ホントに最低だよねぇ。自分達ばっかり敗けてるモンだから、きっと嫉妬してるんだよ。いくら春高で青城が烏野に敗けててもさ、インハイ予選では俺らが勝ってるってこと、忘れてるんじゃないかな?」
「そ、そんな大事なこと、簡単に忘れられるモンなんスか!?」
「まあ、いちいちくよくよしてたら、鉄壁さん達も神経もたないからさ、そこは可哀相だなって思うことにしよう?好きでダメ鉄壁やってるワケじゃないんだろうし」

ここまで言われると、茂庭はもう仲裁どころではないのではという気がしている。
隣で顔を真っ赤にしつつある二口を、上手いこと及川達から引き離さなければ戦争が勃発してしまいそうだ。

「ふ、二口……?あのさ、もう1個たい焼きオゴってやるからさ、もう帰ろう?」

だがもちろんこの場で食べ物に釣られるほど、二口は単純ではない。
烏野と青城に敗けたことは厳然たる事実なので、とやかく言う気はないが、敗けた学校をdisるというのがこの2人に共通する性格なのであれば、互いに互いをdisらないのは筋が通らない。

「冗談じゃねーよ!何で俺らばっかり言われっぱなしなんだよ!?オメーら、なんでdisり合わねーの!?不公平だと思わねーの!?」
「ああ、disり愛、ってヤツ?まあ面白そうなプレイではあるけど、趣向的にはSMなんじゃない?俺と飛雄はそういうアブノーマルなプレイはしない主義なの」
「誰が下ネタの話してんだよ!?つーかdisり愛って何だよ!?今初めて聞いたわ!」
「じゃあ帰って調べれば?アヤシイ動画サイトで検索すれば、楽しい動画が見られるかもよ?」

一体どんな動画だと言うのだろう。
そもそもdisり愛なるプレイなど、本当に存在しているのだろうか。
これは未だ開いたことがなく、また開く気もなかったアブノーマルな世界への扉を開けというお誘いだと解釈してもいいのだろうか。

「……」
「ふ、二口?」
「……帰りましょう、茂庭さん」
「あ、うん。そうだね」
「俺、マジでdisり愛ってのが観たいです。今夜は付き合ってもらいますよ?」
「へっ……?」





二口と茂庭の去り行く背中を見つめつつ、及川はどこか挑発的で不敵な笑みを浮かべる。
そんなプレイなどありはしないのに、あれほど簡単に信じるとは思わなかった。
できることなら動画を漁って「そんなプレイないじゃんか!」と喚く姿を拝見したいが、他人の恋路に気を取られて己の足元を見失うのもバカらしい。

「飛雄、なんか変な人に会っちゃったね?」
「そうッスね。つーか、あの人、誰ッスか?鉄壁って言うと、眉ナシの方しか思い出せねーッス」
「あー、まあ、彼の方が鉄壁っぽいかな……ガタイ的に。ま、いっか」






もちろんその夜、二口がdisり愛なる動画サイトを探し出せなかったことは、言うまでもない。





(終わり)

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