【岩泉一×国見英】

□イノセント
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国見がそれを見てしまったのは、ただの偶然だった。
岩泉が部活帰りに何か奢ってやるというので、青城から少し離れたコンビニへ行った時のことだ。
2人が付き合っていることはまだ部内に知られておらず、岩泉は及川にすら教えていないらしい。
何でも言い合える仲に映るかもしれないが、どちらかと言えば及川の方が一方的に言いたいことを言いまくる傾向にあるだけで、岩泉は聞き役に徹していることの方が多いということだった。
言われてみれば、部活中でも及川の方が喋り倒しており、岩泉は常に何かをしながら耳を傾けていることの方が多いのだなと、2人を観察していた国見は妙に納得したほどだ。

「オイ、何にするか決めたのかよ?」

スイーツ大好きな国見にとって、コンビニとは目移りする場所でしかない。
とあるメーカーが新商品を出せばそれを手に取りたくなるし、普段持ち歩いている塩キャラメルのストックも維持しておきたい。
1人だけで買い物をする時は自分の財布事情を考えながら、できる限り種類豊富に買い込むようにしているのだが、恋人とはいえ他人の財布で買ってもらう以上あまり我儘を通すのはどうかと思った。

「じゃあ、俺はこれで」

何を選んでいいのか分からず、とりあえずは塩キャラメルにしておこうと、岩泉の手に小さな箱をそっと乗せる。

「これだけでいいのかよ?もっと腹膨れるモンとかいらねーのか?」
「帰ればすぐに夕飯ですから」
「ま、それもそーだな。んじゃ、買っとく」
「はい……え……?」

それは岩泉の小銭入れの中に鎮座していた。
正方形の薄いアルミシートに包まれ、内包されている物が円形状に浮き上がっているそれは、確かにコンドームと呼ばれる代物だ。
だがどうして岩泉がそんな物を持っているのだろう。
あまりそういうことに関心がなさそうなのに、持ち歩いているということは、常に使うことを意識しているのか、それとも国見以外の恋人の存在があるかのどちらかなのではないだろうか。

「どーした?」

気付けばすっかり会計を済ませた岩泉が、国見の目をじっと覗き込んでいた。

「あ、いえ……ゴチになります」
「おう」

見なければよかった、と心から思った。
別に持ち歩いていることが悪いと言う気はなく、むしろ高校3年にもなれば持ち歩いて当然なのかもしれない。
特に岩泉の隣には常に女子にモテる存在があるのだから、何となく意識してしまうのも無理からぬことでもある。

「食わねーのか?」

ぼんやりと街灯に照らされた道を歩いていると、今度は手元を覗き込まれた。

「ちょっと……食欲なくて」
「どっか具合でも悪いのかよ?」

どうしようかと、国見は数瞬目を閉じた。
少なくとも今までの自分なら黙殺することができたのだろうが、付き合い始めてしまった現在それができるかと問われると、全くと言っていいほど自信がない。
自分でも我儘だと感じるほどに甘えてしまい、窮屈に思われるのではと弱腰になりながらも、束縛したくなる。
たとえ今を黙ってやり過ごしたとしても、悶々として眠るに眠れず、明日あたり口にしてしまうだろう。

「……岩泉さん、小銭入れになんつーモン入れてんですか?」

やはり言ってしまったかと、内なる自分が自分のことを嘲笑しているかのようだ。

「ん?あー、アレか」

とはいえ岩泉の方に全く慌てる素振りはなく、これは意外な反応だった。

「及川によ、俺に付き合ってるヤツがいるって嗅ぎ付けられた」
「はあ……」
「相手が国見だってことは教えてねーから、『いざって時には必須アイテムだよ』とかなんとか言って渡されたモンだ」

そうして渡されたはいいが、迂闊な場所に入れておくと、部活の時にエナメルバッグから飛び出してしまいそうで怖く、ならば小銭入れの中が一番安全なのではと考えてそのまま放置していたとのことだ。

「つーワケで、納得したか?」

岩泉は肉まんの最後の一口を口の中へ放り込むと、ポカンとした表情の国見を見つめて苦笑する。

「理解はしましたけど……納得はしてません」
「なんでだよ?及川に『国見と付き合ってる』ってバラして欲しいのか?そもそもお前がバラすなって言ったことだろーが?」

国見が納得できないのは、そういうことではなかった。
岩泉が及川の言う通り、平然とコンドームを持ち歩いていたことに、どうしても違和感を覚えてならない。

「俺ら、男同士ですよ?」
「知ってるよ」
「そんなの、持ち続ける必要ってあるんですか?」

すると岩泉は国見から視線を逸らして夜空を見上げた。
何かを言い淀んでいるのかもしれないと直感した国見は、尚も畳み掛ける。

「そんなのいらないです」
「仮にお前とそういうことする時がきたら、必要になるんじゃねーの?」

男同士で肌を重ねることなど、岩泉は国見と付き合い始めるまで考えたこともなかった。
かと言ってそちら方面の知識が皆無という訳ではなく、最低限の常識くらいはわきまえているつもりだ。
ゴムを装着せずに事に及べば、相手の身体に何かしらの負担をかけることになるというのが一般論なのだから、いずれは必要になるかもしれない。

「だから、いらないって言ってんです」
「ま、その時が来たら、ちゃんと話そうぜ」

岩泉としてもここでこんな話を延々と続けるつもりはなく、帰ろうと促すのだが、国見がジャージの裾を掴んでしっかりとこちらを見据えていることに気付いた。
その目はいつになく真剣で、やはりこの話題を終わらせてはいけないのかと思わせるようなものだ。

「俺は、そういう時がきてもゴムなんていらない」
「……は?」
「ナカに出してくれていいです……だって、そうじゃないと岩泉さんと繋がれる気がしないです……」

まったく、国見にこれほど強い芯があるとは思わなかったと、岩泉はたまらず口元に手を当て俯いた。
言っている本人は至って真面目で邪心などどこにもない本心をぶつけているのだろうが、聞いているこちらはこの場でうずくまってしまいたいほどに恥ずかしい。

「あー、えーと……まだそういう時じゃねーし、深く考えんなって」
「じゃあ、いつなんですか?」

このままこの場に穴を掘って埋まってしまいたい。
いつもの無気力さは国見なりの仮面であり、その仮面が剥がれている今の彼は純粋でどこまでも真っ直ぐだ。

「……近いうち、な」

イノセント、という言葉をふと思い出した。
何も計算しておらずとも、岩泉に腹を括れと促しており、それは本当に近い将来実現するのかもしれない。
だからこそこの付き合いが少しだけ怖い。
ちゃんと続けていけるのか、国見の想いに応じていけるのか、不安に押しつぶされそうになってしまう。

「約束ですよ?」

だがそう言って柔らかく笑う国見の笑みはどこまでも綺麗で、どうしても視線が釘付けになってしまうのだった。





(終わり)

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