【短編】及川徹×影山飛雄

□みだりに笑っちゃいけません
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影山は疲れきっている。
ハードな練習を終えてようやく自宅に辿り着き、さて玄関の内側に入ろうとしたところで携帯が鳴り出した。
メールなら放置しようと思ったが、あまりに長い時間鳴っていることを考えると、電話がかかってきたと考えるのが妥当だろう。
仕方なくポケットから取り出して画面を見ると、一際大きな溜息が出た。

「飛雄、今すぐウチに来なさい!」
「今風呂入るとこなんスけど?」

及川の理不尽さには慣れているので、影山も嘘で応戦することを厭わなくなった。
だが、相手を甘く見てはいけないのだとも思い知る。

「烏野の部活が終わって、お前達1年が片付けを終えて、そっからまあアイス1本くらい食べて帰ったと計算するとさ、今飛雄は風呂場の前じゃなくて、玄関の前にいるんじゃないの!?」

なぜそこまで正確に分かるのだろう。
もしや監視されているのかと周囲を見回すが、及川の姿などどこにも見当たらない。

「黙ったってことは図星だね?じゃ、早く来ること!」

一方的に切られた電話を見つめ、また溜息をつく。
家の中から美味しそうな食べ物の匂いが漂っており、ただでさえ胃袋が刺激されているというのに、これから及川の家へ行くのは正直キツイ。
だが行かなければ、あの先輩の臍は必ず曲り、そのとばっちりは自分へと跳ね返って来る。
仕方なく玄関に背を向けると、呼び出しに応じるべくフラフラと歩き始めるのだった。





及川家に到着すると、呼び出した本人は玄関の前で待っていた。
影山の姿を見るなり睨み付けてくるのだが、生憎何に対して怒っているのかがサッパリ分からない。
もっとも、及川とは勝手に脳内妄想して思考を暴走させた後、唐突に自爆するという悪癖を持つ人間なので、深く詮索したところで何も理解できないだろう。

「入りなよ」
「はあ……」

ぶっきらぼうに言われて玄関内へと入り込み、靴を脱いで先を行く及川の背に付いて行く。
通されたのは及川の自室で、とりあえず腹を満たせとばかりに無言で牛乳パンが差し出された。
空腹に勝てず素直に受け取り、立ったまま無造作に袋を引き裂いていると、パソコンの前に座った及川が、ここへ座れと指を差す。

「何で俺が及川さんの股の間に座んなきゃいけないんです?」

大きく開脚された様を見つめ、両脚の内側に座れと言われても、嬉しいどころか迷惑でしかない。

「いーから、座りなさい!」

仕方なくエナメルバッグを畳の上に置き、窮屈そうな場所に足を踏み入れて座ると、両脚が及川の両脚でブロックされ、背後からきつく抱き締められる。

「あの、これじゃパンが食えないんスけど?」
「じゃあ、没収ね!」
「は!?」

有無を言わさず食べかけのパンが手から取り上げられ、パソコンの横に置かれてしまう。
冗談じゃない、食わせろとばかりに必死に身体を動かすが、羽交い絞めにされていては手が届くはずもなかった。

「飛雄、よく聞いて!及川さんはね、今ものすごく不機嫌なの!」
「はあ……何となく、分かります」
「じゃあさ、牛乳パンに未練がましい視線送るの、やめてくんない!?元々俺のだし!」
「いや、俺に差し出したの、及川さんですよね?」
「食べていいなんて一言も言ってません!何で食べたの!?」
「あー……すみませんでした」

なんだかヒステリックなお母さんに叱られているような気がする。

「お前、今俺のこと、ヒステリックな母ちゃんとか思ったでしょ!?」
「なんで分かるんですか!?」
「及川さんには、何でも分かるの!」

居場所を言い当てられ、思考すら言い当てられると、さすがに不気味で仕方がない。
もしや及川とはエスパーなのかとすら考えてしまう。

「言っとくけどね、及川さんはエスパーなんかじゃありません!」
「そーですか……」

もう何を考えることも許されないのだろう。
そう言えば、どこぞの漫画に「無我の境地」という技があったが、あれはどうしたら使いこなせるようになるのだろう。
いっそそういう境地に陥ってしまえば、こちらの心理を読み取らせることなどないのにと、半ば本気でその方法を模索し始めていた。
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