【短編】ヴィクトル・ニキフォロフ×勝生勇利

□星降る夜にキスをする
1ページ/1ページ

最愛の人の誕生日──。



何を贈ったら幸せそうに喜んでくれるのだろう。
どんな贈り物をしたら、びっくりして受け取ってくれるのだろう。
勇利は11月に入った辺りから、ヴィクトルの誕生日である12月25日のことばかりを考えていた。
だが、考えれば考えるほどに難しい。
衣類を選んだところで、趣味でなければ着てもらえず、食べ物を選んだところで、食べてしまったら跡形も残らない。
アクセサリーはどうかと考えるが、勇利は一度ヴィクトルにリングをプレゼントしている。
指輪に勝るギフトなど、思い浮かぶはずもない。
完全に煮詰まった勇利は、もう本人に直接訊くしかないという結論に至った。
なぜなら今日は12月25日の午後11時過ぎ、あれこれ悩んでいたらヴィクトルの誕生日などあっという間に過ぎ去ってしまうからだ。

「あの、ヴィクトル……?」

勇利はリビングでテレビに見入っているヴィクトルの背後から、声をかけた。

「何だい?」

ちなみに誕生日を迎えた張本人は、いつもと全く変わらない。
浮ついた様子もなく、今日が誕生日だということを覚えているのかどうかも分からない。
ロシアにはあまり派手に誕生日を祝う習慣がないと聞いているが、あながち嘘ではなかったようだ。

「あのね、今日はヴィクトルの誕生日……だよね?」
「え……ああ、12月25日だったね」

案の定、ヴィクトルは忘れていた。
演技ではない驚き方であることは、長くヴィクトルのそばにいれば一目瞭然だった。

「何か欲しいもの、ある?」

問われたヴィクトルはテレビを消し、身体を反転させて勇利と向き合うと、「何がいいかな」と顎に手を当てた。

「勇利がくれるものなら、何でも嬉しいけど……君のその顔を見る限り、俺のこういう返答はあまり好ましくないようだね?」
「はあ……まあ、色々考えたけど結局分からなくて、こうして訊いてるワケなので……」

本当はサプライズで背後からプレゼントを差し出す、という絵面を考えていたのだが、その願いは叶わなかった。
ちなみに今の時刻は夜の11時半、ヴィクトルがそろそろ寝室へ移動する頃合だ。
勇利はプレゼントのことを朝から晩までずっと考え、それでも分からず日付が変わる30分前に、断腸の思いで本人に訊いたのである。

「品物が欲しいなら、明日買ってくるから」

こんな時間に外へ出ても、シャッターを下ろした店しかないことは明白で、ならば「おめでとう」とだけ言って、プレゼントを明日にしてもいいだろうと思う。

「……勇利?」
「はい?」

少しだけ間を置いて名を呼ばれる。
何か欲しい物があるのだろうかと、ちょっとだけ救われた気分だ。

「今日はさ、珍しく星が綺麗なんだよ。ちょっとこっちに来てくれるかい?」

ヴィクトルはソファから立ち上がってカーテンを開けると、結露がひしめく窓を少しだけ開けた。
そして勇利が隣に移動してきたところで、「空を見てごらん」と言いつつ場所を譲ってやる。

「わぁ……すごい……」

こんなにはっきり星が見えるのは、勇利がサンクトペテルブルグに拠点を移してから初めてではないだろうか。
雪を運ぶ雪雲がなく、晴天の夜空にきらびやかな星々が散らばっている。
まるで今すぐに地上に降ってきそうなほど、間近に見えている。

「こういう夜はさ、無性にキスしたくなるんだ」
「え……?」
「今まで、キスしたいと思っても、特定の誰かがいる訳じゃなかったから、その願いは心の中にしまっておいたけど、今は君がそばにいる」

昨年までのヴィクトルの周りには、ヴィクトル・ニキフォロフという人間の内側まで踏み込んでくる者はいなかった。
もちろんヴィクトル自身もスケートが一番だと考えていたので、そのことを不満に思ったことはない。
だが今年は勇利という心惹かれる生徒がいる。
出会った頃は子豚ちゃんでありながら、今はすっかり王子様へと変貌している彼がいる。

「俺に、星降る夜にキスをする権利をくれないか?イエスと言ってくれたら、最高のバースデープレゼントだ」
「え、ぼ、僕なんかとキス……そんなのでいいの?」

ヴィクトルは驚いたとばかりに瞳を泳がせる勇利の顎を、そっと掴んで自分の方へ顔を向けさせた。

「うん、まだ自覚はないようだね?」
「は……?」
「何でもないよ、独り言。それより、イエスかノーで答えてくれないか?」

勇利はしばし逡巡したが、ヴィクトルがキスを欲しがるのなら、それでいいのかもしれないと思った。
でも、恋人でもないのに、自分なんかのキスをプレゼントにしてしまってもいいのだろうか。
まあ、それについては考えないことにしようと思った。
今ヴィクトルが欲しいものが分かったのだから、これ以上悩む必要はない。

「イ、イエス……」

そう呟いた瞬間、ヴィクトルの美麗な顔が近付いてきて、彼の唇と勇利のそれが重なった。
甘くて、熱くて、蕩けてしまいそうなキス。
時が止まればいいのにと思ってしまうようで、勇利の方からは離れられそうにない。
ヴィクトルの舌先が勇利の唇の輪郭をなぞる。

「口、少し開いて?」

請われれば、言われた通り口を小さく開いた。
その瞬間、ヴィクトルの舌が勇利の口内に入り込んでくる。
口蓋を舐め、歯列をなぞり、最後に舌を絡めて熱くて灼けてしまいそうな熱を肺に送り込んできて、狂わされる。
だが永遠に終わらなければいいという勇利の願いは、あっけなく終わってしまった。

「ヴィ、ヴィクトル?」
「何だい?」
「誕生日、おめでとうございます……」
「ありがとう。勇利とキスできる権利をもらって、俺は大満足だよ」

こんな形のプレゼントもあるのかと、物ばかりに拘っていた勇利は横っ面を殴られた気分だが、ヴィクトルの綺麗な笑みについつい見惚れてしまう。

「勇利、星降る夜と言わず、いつでもキスして構わないかな?」
「え?あ、は、はい!」
「いい返事だね」



さて、ちゃんと告白するのはいつにしようか──。



ヴィクトルは勇利の頬を撫でながら、自分の気持ちを伝える機会について考えていた。





(終わり)

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ