獄都事変 短中編

□号哭
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「本当にいいの?二十歳になったら、攫われるのよ?貴女のお友達も、結局帰ってこなかった。今まで帰ってきたのは数人だけ。その数人も、今はここから遠く離れた場所で隔離されている、そのことを知ってるんでしょう?」

母さんの心配そうな声。
数年前から突如として起こり始めた事件。それは、二十歳になった女性が失踪してしまうというもの。
ここの長は、妖に攫われたんだと言っていた。現代人に言ったら笑われてしまいそうだけれど、紛れもない真実。町の人全員が、妖を幾度となく見ている。
攫われた数十人に対し、帰ってきたのはたったの数人。
攫われたくないならば、この町から出ていくしかない。けれど、出て行った人達は決して帰ってこない。
町のことを見つけられなくなるんだそうだ。
現に、この町で今年二十歳を迎えるのは私しかいない。他の同い年の子達は全員自分の意思で出て行ってしまった。

「もしかしたら、あの子、まだ生きてるかもしれない。私が助けるの。だって、親友だから。それに、私が舞わないと、妖達がこっちの世界に出てきちゃうでしょ?」

私は残った。去年失踪した親友を探すために。
鎮めの舞いを舞って妖達がこちら側に来るのを、少しでも食い止めるために。
他の子達だって、攫われて帰って来ていないだけで、きっとどこかに居るはずなんだ。



神楽鈴の音がする。
祭というにはとても厳かな雰囲気。

「あの巫、えらい若いじゃないか。」
「そうね。でも、歴代の巫の中で最も舞が上手いらしい。妖達も満足して今まで消えた子達を返してくれないもんかねぇ…」

女性の囁く声が聞こえた。

「さあ、祭りが始まる。頼んだよ。鎮めの舞を。」

女性の声に少し耳を傾けてから舞台の上で舞い踊る。
小さい頃から習っている、鎮めの舞。
舞を捧げたら、不思議と妖を目撃する回数が減る。
巫の力によって減る数はまちまちらしいけれど。

「そういや、巫は今日で二十歳だね。」
「ああ、そういえば。大丈夫かねぇ。」
「自分の意志で残ったらしいけど…。」

舞っている最中に聞こえたひそひそ声。

「妖ってぇのはな、人間が思うよりも恐ろしいもんなのさ。甘く見ないほうがいいぜ。巫。」
「…え?」

どこ、ここ。
聞きなれない声がしたと思ったら、今まで舞をしていた舞台じゃなくなっていた。
そこは、薄暗い辻。
青白い火の玉がそこらじゅうでゆらゆら揺れている。
孤独と恐怖が大きな波のように襲いかかってきた。
一瞬にして理解した。
ああ、私は攫われたんだ。こっち側の世界に。
親友が連れてこられた世界に。

「今年は一人か。あっち側に出れねぇ分、攫ってくる数を増やしたかったが…無理みてぇだな。」
「だがまぁ、全員逃げちまったのに一人だけ残るたぁ、えらい肝の据わった嬢ちゃんだなぁ。」
「細っこくてあんまり美味そうじゃないねぇ。」

声のする方を見る。
そこには、人ならざるもの。
恐ろしい妖たちが辻の向こうから迫ってくる。
にたにたと、下品な笑みを浮かべながら。
逃げなければ…!
私はその異様な空気から逃れるように走り出した。
どこに行けばいいとか、何も分からないけれど、ここに居てはただ徒に命を散らせるだけな気がしたから。
今ここで、死ぬわけにはいかない。

「おぉい!待ちなよぉ!」

追ってくる笑い声。
恐怖から溢れてくる涙を拭いながら必死で駆ける。
今まで攫われて来た子達もこんな恐怖を味わったんだろうか。
走って走って走り続けていると、石段が見えてきた。
石段の上に見えるのは、何基も連なる、燃えるように赤い鳥居。

「げっ、やべぇ!あそこに入られたら終わりだ!とっとと捕まえて食っちまえ!」

焦る声を、私は聞き逃さなかった。
ぜいぜいと息を切らしながら石段を駆け上がる。
この先に何があるかなんて分からないけれど、あの妖たちから逃げ切れるなら、それでいい!
後少しで鳥居に入れる!
と思った、その瞬間。

「捕まえたぜ。」
「い、や!離して!」

ぐいっと髪を引っ張られる。ぶちぶちと、何本か切れる音がした。

「そんじゃあ俺は腕を貰おうか。残念だったな、あと少しだったのによぉ。」

物凄い力で腕を引っ張られる。

「嫌!嫌だ!い、たい!離してっ!」

必死で鳥居の方に手を伸ばした。

「っ!?あ?なんだよ、こ、れ。」

突然銃声がして、私の腕を掴んでいた大きな手が離れる。
驚いて振り返ると、その妖の胸には風穴が開いていた。

「おい、こっち側に入ってこようとすんじゃねぇよ。餓鬼共。」

鳥居の中から声がした。

「ああ!?なんだと!?普段こっち側に一切興味ねぇくせに今更何なんだよ!こっち側で人間が殺されようがなんだろうがてめぇらには関係ねぇだろうが!」
「確かに関係ないけどね、こんな近くまで来て騒いで。目障りなんだよ、お前達は。消えろ。」

再び銃声がして、追ってきた妖達が次々と倒れた。
呆然と立ち尽くす。一体何が起こっているんだ?

「こっちにおいで、人間のお嬢さん。そっち側に居たら危ないよ。」

その優しげな声に惹きつけられるように、私は鳥居の内側へと、足を進めた。
数十程連なった鳥居を抜けて、神社の境内に辿り着く。
そこに居たのは、浴衣を着た二人の男だった。

「にん、げん?」

その男達は、人間らしい見た目をしていた。
今まで見てきたものたちとは、明らかに違う。

「いいや、人間ではないよ。見た目は確かに人間だけどね。」
「俺たちは鬼だ。」
「お、に。」

ああ、人間じゃ無いんだ。
ここにはもう、人間は居ないんだ。

「怖かったでしょ?もう大丈夫だよ。」

絶望していたけれど、水色の瞳をした青年のその優しい声と言葉に、少しだけ安心した。

「そうだ。俺たちは餓鬼共みてぇに荒っぽい食い方はしねぇからよ。」
「え?」

橙色が鋭く光った。

「君が怖くないように、ちゃんと殺してから食べるからね。痛い思いもしなくて済むよ。」
「佐疫、とっととやっちまおうぜ。折角の人間だ。珍しいからあいつらも喜ぶだろ。」
「そうだね、田噛。」

ああ、助かったと思ったのに。
私は余計に悪くなった状況を、唯々呪うしかなかった。
一縷の望みは、儚く散った。



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