顔を借りてる少年と

□5ろ
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怪我



真夜中の保健室。ここに傷だらけの生徒が一人運び込まれてきた。
その人物は5年ろ組の竹谷八左エ門。生物委員会に所属していた。
今回は5年ろ組のみで行われる実習でしくじりを起こし、血を見る惨事になった。
近くにいた鉢屋が応急処置を行い、不破が竹谷を保健室まで運びこむ。
その後は夜を徹しての怪我の処置。
新野先生や保健委員長の尽力と竹谷の体力もあり、今回も無事に終了。
今、竹谷は保健室に敷かれた布団で、深い眠りについていた。
そこへ実習の報告を済ませた鉢屋が保健室へ入ってくきた。
ついたてを覗くと、布団の横には不破が神妙な顔をして座り込んでいる。
鉢屋が来たことに気がつくと、不破は微かに身動ぎをした。

「三郎。ご苦労様」
「雷蔵」
「今は容態は安定してるって。見た目の傷のわりには酷いものは少ないって」
「そう」
「善法寺先輩が言うには明日には意識が戻るってさ」
「分かった」

淡々としたやり取りを交わしながら、鉢屋は不破の正面に座る。
その間、不破は一度も視線を動かすことはなかった。
その様子に鉢屋は微かに目を細める。
しかしなにも言わずにちらりと竹谷の表情を見た。
そこには苦しげに歪んだ顔があり、いつもの見慣れたものとは程遠いものであった。

「・・・あの時、何があったの」
「それを聞いてどうするんだ、雷蔵」
「ねえ、何が起こったの。八左エ門は何が原因でこんな怪我を負ったの」
「・・・・・・」
「ねえ三郎。君なら何か知っているんじゃないの。見ていたんでしょう、一部始終を」
「ああ。けど、君が聞いても意味がないと思うけど」

ちりちりと燭台の油が燃える音が辺りを支配する。
ゆらゆらと揺れる影は、不破の心の不安定さを表しているようだった。

「でも、僕の周りの人間が、こんな風に怪我をするのを目の当たりにするなんて」
「うん」
「僕は、本当は・・・」
「雷蔵」
「もう、嫌だ・・・!」

その声が、不破が思っていたよりも掠れて辺りに響く。
上級生にもなって、明らかに場違いなその言葉に、声を発した不破の体がブルリと震える。
すると鉢屋が不破に視線を戻す。
不破の少し陰りを見せる瞳とかち合わせて、思わず口元が弧を描く。
見るものを不安にさせる鉢屋のその表情に、不破は我に返ったかのようにパチリと瞬きをひとつした。

「三郎」
「うん?」
「なんでもない」
「わかった」
「でもさ」

目線を落とした不破の視界に、ぶるぶると震える自分の拳が入ってくる。
重くなった空気。これは不破が発した言葉に、鉢屋が微妙に反応した結果だった。
その変化した空気を肌に感じとり、不破はゴクリと唾を飲み込んだ。
目の前にいるこの男の正体が掴めなくなりそうでフルフルと首を振る。
するといつものひょうきんな雰囲気に戻り、不破はホッと一息ついた。



end

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