顔を借りてる少年と

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図書室の片隅で



珍しいな、と目の前の光景を見て不破は最初に思った。
鉢屋が図書室の隅で静かに本を読んでいる。
たまたま不破が鉢屋の近くの本棚に用があってそこに行かなければ、彼の存在には絶対に気がつかなかっただろう。
眠そうに細められた目線は、紙に書かれた文字をゆったりとなぞっていた。
時々、鉢屋にはそういう場に溶け込むように、気配が曖昧になる瞬間がある。
普段は気にかけない絶妙な雰囲気。
そのことに気がつくたびに、不破は鉢屋の特異性を思わずにはいられなかった。

「雷蔵。お前は私の後ろの棚に用があるのだろう。早く作業をしたらどうだい」
「あ、ああ。それじゃあ、やらせてもらうよ」
「どうぞ、ご自由に」

不破が、邪魔しちゃうかなと思い悩む前に鉢屋から声がかかる。
その視線は本から離れてはいない。ページはひどくゆっくりと捲られているようで、不破が見つけてから初めてぺらり、と捲られた。
不思議な奴だな、と鉢屋の後ろで作業をしながら不破は思う。
同じクラスでろ組の名物コンビとして知られている二人だったが、こうして鉢屋の意外な点を見せられると不破は戸惑いを隠せなかった。
鉢屋は結構秘密主義だ。触れて欲しくないことは巧妙に誤魔化し、うやむやにしてしまうし、肝心な所で黙りを決め込むかと思えば、どうでもいいことには全力投球だ。
そんなことを考えていると、いつの間にか不破の作業の手が止まっていた。

「どうしたんだい。手が止まっているよ」
「えっ。あ、ああ」
「今度は、何に思い悩んでいたんだい」
「それは、まあ、その」

まさか本人を目の前にして本当のことを言うほど不破は図太いわけでもない。曖昧に言葉をぼやかしていると、ふっと笑われた気がした。
背中合わせの二人だったから互いの表情が見えるわけではないが、不破にはなんとなくそう感じられるのだった。

「三郎がのんびりしているからね。ちょっとびっくりしただけさ」
「なんだい、それは」
「だって珍しいじゃない。こうしているのは、さ」

ふふっと笑いながら、不破は改めて作業を再開させた。気まずくはない沈黙の中、不破の作業の音と鉢屋が時折ページを捲る音が交差する。
しかしそんな居心地のいい空間が、遠くから聞こえてきた騒音にぶち壊された。何故なら物凄い形相をした6年生たちがやって来たからだった。
流石に図書室の前では一端静かになったのだが、慌ただしい気配はそのままだ。

「ちょっ、ちょっと、三郎。何をやったんだい・・・って、あれ?」

不破が苦笑いして後ろを振り向く。
するといつの間にか鉢屋は影も形もなくいなくなっているのだった。律儀な事に、本は本棚に戻していったようだった。
そして先程いた場所には一枚の用紙のみ。拾い上げてみれば、一言「夕飯の時に」と書いてあった。

「まったく、おとなしいと思ったらこれだもんなあ」

その紙をひらひらとさせながら、不破は困ったもんだと苦笑いをしてみせるのだった。



end

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