顔を借りてる少年と

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ただ、側にいるだけ



ここは一番空に近い場所。一年生の庄左ヱ門が唯一自分の力で来ることのできる、誰も来ない屋根の上。
ここから見下ろす世界は、広いけれど、小さい。
学園のほぼ3割を見渡せるここは、その高さの分だけ人が小さく見えた。
先ほどまで、己の事を呼ぶ仲間たちの声がしていた。
ああ、みんなの所に行かなきゃと思いつつ、どうしても離れがたい。
学園のいつものざわめきもここでは別世界の音に聞こえるからだろうか。
じっと座り込んでいると、カタリと瓦の踏まれる音がした。

「庄ちゃん」
「・・・三郎、先輩?」

じっとその場所から見える光景を眺めていた庄左ヱ門は、ぴくりと肩を動かす。
声が聞こえた方にそろそろと顔を向ければ、橙色に染まった人影が片手を上げた。

「こんな所で何をしているんだい」
「運動場を、見ていました」
「そう」

いつもとは違い、庄左ヱ門を茶化す訳でも悪戯を仕掛けるわけでもなく、鉢屋はそこに自然なふうに立っている。
そのことが妙に居心地が悪くて、庄左ヱ門はもぞりと体を動かした。

「あの、よかったら座ってください」
「いいの?」
「えっ、はい」
「だって、庄ちゃんは独りになりたくてここに来たんだろう?」
「!!」

鉢屋の言葉にひやりとした。
時々確信をつくその指摘は、普段のやる気のなさそうな姿から想像できないほど鋭い。
しかし庄左ヱ門は、言い当てられたことに心の何処かで安堵している自分に気がついていた。
我ながら不思議な矛盾。
怖さと安らぎ、その両方を同時に感じさせるのが、今、庄左ヱ門が感じ取れた鉢屋の特徴であった。

「いいんです、別に」
「そう。じゃあ、遠慮なく」

鉢屋はカタリ、カタリと音をたてて庄左ヱ門の隣にくると、全く音をたてずに腰を下ろした。
そのことでワザと足音を立てていたことを知る。
そんなちょっぴりの気づかいが庄左ヱ門の胸の奥をほっこりと温めた。
ふわり、と変装用の髪がなびくのが庄左ヱ門の目の端に映る。
そこにいるのはひどく穏やかな気配を身にまとう鉢屋。
思いのほか近くに座ったことに、庄左ヱ門は内心大いに驚いた。
しかしお互いの視線は一度も交わることはなかった。
そっと横顔を伺えば、鉢屋は変わることなく今日も同じ組の不破の姿に変装している。
目があって、その瞳の凪いだ様子に慌てて目を逸らした。

「僕に何か御用でしたか、先輩」
「いいや」
「じゃあ、どうしてここに来たんですか」
「いいじゃない、別に」
「そうでしょうか」
「たまには、ね。こうして二人で周りを眺めるのもいいものさ」

その返答にどこか安心している自分がいるのも確かで。

「そうですか?」
「そうだとも」
「そうですね」
「そうだろうとも」

そして完全に日が暮れるまでの間、鉢屋と庄左ヱ門は二人並んで屋根の上に座り込んでいたのだった。



end

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