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□55:秀徳と
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1人で残された私は徐々に冷静になって来ていた。見間違いじゃなければあのオレンジは秀徳のジャージではないだろうか…?
変な所を見られてしまった。
私は持参していたハンカチを取り出すと涙と少しの鼻水でグチャグチャになった顔に押し当てた。
動くなと言われたがこんな姿を他校に見せるのは嫌だ。押し当てたハンカチから顔を上げる。
「アウトー!動かないでって言ったじゃん!」
「っ!?」
突然の大きな声に動きが止まる。だるまさんがころんだ状態の様に。
戻って来た彼はやはり秀徳の選手だった。試合を観たから知っている。
1年レギュラーの高尾君。
「え、っと…あの、」
「あ、なんだハンカチ持ってたんだ?良かった〜」
彼の手にはタオルが握られていてわざわざ取りに行ってくれたんだと申し訳なくなった。
「すみません…。もう大丈夫、」
私物を取りに控え室に入ろうと袖口で頬を擦った。
次の瞬間フワリとタオルが私の顔を包み込む。
「だーかーらー、擦っちゃダメだって!折角タオル持って来たんだから使ってよ。異論は認めませーん」
「あ…りがとうございます…」
「どーいたしまして!」
人懐っこい笑顔を見せる高尾君に何故だか安心感を覚える。ああ、良いコだな。こんな私に優しくしてくれて。
「こんな場所でナンパか?試合に勝ったからって余裕かましてんのか?いい身分だなぁ?埋めるぞ」
「ヒィ!?宮地サン!」
後ろから高尾君の頭を鷲掴みしながら笑顔で恐ろしい言葉を告げる男の人に高尾君がもがきながら、誤解だと弁解している。
「高尾。俺のタオルを一体何に使うつもりなのだよ。早く返せ」
「真ちゃん!良い所にっ」
「おい木村ぁ!スコップ持って来い」
「埋める気満々じゃないすか!」
「何やってんだお前ら」
次々と秀徳の選手達が集まって来る。
この混乱に乗じて控え室に閉じ込もってしまおうか。

「本当に誤解ですって!霧崎のマネージャーさんが泣いていたんでタオルを渡してただけっす!!」
「霧崎?」
高尾君の言葉にその宮地さんと高尾君の影に隠れていた私に気付き皆がこちらを見た。
………代わりに私を埋めてほしい。




***

気を利かせてくれた主将の大坪さんが他の部員達を先に帰し、私物を控え室から運び出した私は秀徳のスタメンの皆さんと一緒にマジバで泣いていた理由を話していた。

「すみません。他校のバスケ部の皆さんに話す内容じゃないのに」
「まあ…花宮真って野郎は気に食わねぇがみょうじさんが悪い訳じゃないし」
「ですよね!宮地サン!」
「うるせえ、轢くぞ」
「ヒドい!」
「ふん、馬鹿め。泣くぐらいなら最後まで向き合えば良いのだよ。中途半端に逃げても解決にならないだろう」
「緑間君…」
「うん。取り敢えず真ちゃん敬語使おう?みょうじさん一応先輩だぜ?」
「お前も最初は、タメ口だっただろ」
「すんません」
「別に構わないよ」
宮地さんに怒られて眉を下げる高尾君をフォローする。
「…確かに霧崎のやり方はスポーツマンシップに反するが、今回誠凛に負けた事によって少しでも気持ちの変化があったかもしれない。」
「勝ち負けに拘らないなら、目に見えて悔しがらない筈だろ?」
大坪さんと木村さんが私の話を聞いた上で自身の感じた考えを言ってくれた。
「ま、どーするかはアンタ次第だよ」
「はい……」
「みょうじさんバスケ部とは関わらないって言ってたけど、ぜーったい無理ですって!同じ学校だし学年も一緒だし貴重な高校生活をギクシャクした気持ちで過ごすのは勿体ないっすよ」
俺なら嫌だ!と言いながらハンバーガーを頬張る高尾君にぎこちなく口角を上げてコップに入った水を飲む。
するとドサドサとハンバーガーが目の前に積まれて目を見開くと宮地さんが見下ろしていた。
「宮地さん?」
「これ食って帰って寝ろ。奢ってやる」
「え、こんなに食べられませんし、お金も払いますよ」
「先輩命令だから却下。食えねーなら持ち帰れ」
何と横暴な…。でも彼なりの優しさなのかなと思い素直にお礼を告げた。


秀徳の皆と別れてビニル袋に入れたハンバーガーを持ちながら家路を歩く。
緑間君のタオルを洗って返すと言ったが、やるのだよと断られた。
今度ちゃんと返そう。
いつ返そうか悩みながら歩いていたらマナーモードにしていたスマホが震えた。誰かからの着信みたいで、お母さんかな?と画面を見る。
まさかの相手に急いで通話ボタンをタップした。
「もしもし」
『お〜疲れさん。試合観てたで』
「…お疲れ様です。残念ながら負けましたけど…」
『誠凛は中々の強敵やからなぁ。ウチんトコの青峰もやる気見せてるわぁ。あ、みょうじさん青峰に会ったらしいな?本人が言ってたで』
「ん?どんな人ですか?」
『ガングロや』
「ああ。あの人が…」
男子トイレの場所を聞いてきた男の人を思い出す。
『なんや失礼な事言われてないか?』
「…特には」
『それならええんやけど…』
「あの、今吉さん。私……マネージャー辞めちゃいました…」
『……』
一瞬の沈黙の後、今吉さんが言葉を繋ぐ。
『せや、ウィンターカップ良かったら観に来てや?』
「え」
『桃井も喜ぶと思うわ。勿論ワシも来てくれたら嬉しいんやけど』
「……考えときます」
『おー、期待しとるで?』
「はい。それじゃあ、また」
『ほな、また』
通話終了になって暫しスマホを見つめる。ウィンターカップ…あまり気乗りしないが、緑間君にタオルを返す良い機会かもしれない。

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