小説
□スキ
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side.りゅうせい
「聞いてよ、マホトがね」
久しぶりに会った彼女の口から頻繁に出てくるのは、”マホト”の三文字だ。飲食店に入るなり、楽しそうに笑う彼女は先程からその名前しか言ってない。”サグワ”では無いのかと思いつつも、俺はメニューに手を伸ばす。
「何食べる?」
開いたメニューを彼女に手渡せば、XXはマホトんとこで食べてきたと言った。
「そうなの。でもこれから長い時間車乗るし、お腹空くよ?なんか軽いもの食べときなって」
「あ、どっか行くのね。じゃあサラダ」
「なにそれ、女の子だねー。サラダなんかご飯の内に入んないよ」
「女の子だもん。りゅうせいの貰うからいいよ」
分かったと返事をし、店員を呼ぶためのチャイムを押した。しばらくして男性の店員が個室の扉をノックして入ってくると、一時間後には出ようねと俺に言う彼女。食べきれる量を頼めということかなと頷き、俺は丁度良さそうな料理を彼に伝えた。
「失礼致しました」そう言って消えていった店員。するとXXがあの人ちょっとマホトに似てたねって笑う。やはり親方の名前がよく出るなと不思議になった俺だが、彼女の右手にある指輪に目を落とした。
「それってサグワに貰ったの?」
「それ?」
「指輪」
そう言って右手を指差せば、途端に彼女の表情が煌びやかなものになる。
「あ、うん!そうなの!サグワセンスいいからすっごく可愛いでしょ!これね、ネックレスにもなるんだよ」
飛び跳ねるように指輪を見せてくる彼女になんだか安堵した。
「そういえばなんか今日のXX、親方ばっかりだよね」
そして安心のせいか、つい口が滑って思わぬ事を言ってしまった俺。その瞬間「あ、いや」なんて誤魔化しの言葉も出たが、彼女はポカンとした顔で俺を見た。
「マホトばっかり?」
不思議そうな表情をした彼女に、最早高を括るしかない俺もなんとなくねと頷く。
「…なんていうか、サグワの名前をあんまり聞かない」
「そうかな?あたしはサグワの事しか考えてないけど」
本当にそうなのか、いやはや演技なのか、悩んだ俺はゆっくりと口を開く。
「いや…別にさ、無いからね」
「ん?」
「あの、今から言う言葉に深い意味とかは無くて、本当に」
「うん、なに?」
「親方の事好きなのかな?って…」
「好きだよ」
「……は?」
彼女の返答にあまりにも迷いがないせいで、驚愕の末開いた口が閉じなくなる。俺のそんな様子にXXは一層不思議そうな顔をするばかり。
「え、待って、なに?なんで?」
回転しない思考回路で最善の台詞を探すが、回転しない故に見つからない。すると彼女は悪戯っぽい笑顔で俺を見上げた。
「分かった。嫉妬してるんでしょ」
「しっ……と?」
「あたしがマホトばっかりだから」
照れるなぁなんて頭を掻いた彼女に、俺はますます吃った。
「え、あ…そういのじゃなくて…」
「大丈夫、安心してよ。あたしはりゅうせいの事もちゃんと好きよ」
ヘラヘラと何でもないように笑った彼女。その瞬間、俺はハッとした。
「ねぇ、もしかしてさ、スキってLikeの好きって事?」
「え?当たり前じゃん。Loveはサグワだけ」
迷う事なくはっきりとそう言われ、それはそれでショック。だが彼女のあまりの無邪気さに俺は白旗を振るベくなかった。そういえばこういう子だったと苦笑いをする。
「………」
そうだ、こういう子なんだ。
俺はふと思い出す。このままじゃ、またあの時と同じ事を繰り返す。
「さっきね、XXが親方の家でご飯食べてきたって言ったじゃん…」
「うん。マホトは仕事で居なかったから、相馬さんと二人で食べた」
「ああ……そうなの」
二人。どっちにしたって男と二人きり。俺はしばらく俯いた後、あのさぁと顔を上げる。
「俺が言うのもなんだけどさ、そういうところちゃんと割り切った方がいいと思うよ…」
すると彼女は今日初めて見せる不快な顔をして俺をジロリと睨んだ。
「ほんとーに、りゅうせいにだけは言われたくない」
「いや、まぁそうだけど、実際今もあの頃に近いような事が起きてる」
「…起きてようが起きてまいが、前の話を出してくるのってズルくない?」
もごもごと口ごもる疑心暗鬼なXXに、大きな溜息を吐いた俺はゆっくりと背凭れに体重をかける。
「それもそうだよね。今はもう違うかもしれないし…」
確かにと頷いた彼女は、自分の胸をドンと叩いた。
「そう!今は大丈夫だから!」
何の根拠があってそこまで自信を持てるのかいささか疑問だが、相手が親方という事もあり、わざわざそんな所に手を出さないだろうと俺は自分に言い聞かせた。
それでもXXはたまに馬鹿なふりをする。本当は地頭がよく回転の速い脳みそをどこかに置き去りにするのだ。それが彼女の悪い癖。