novel

□my feeling
1ページ/1ページ

そいつは、突然姿を消した。




「最近見ないね怪盗キッド。」
「ねー、もう辞めちゃったのかなぁ?」

俺の隣で蘭と園子がそんな会話をしていた。
最近、なんてもんじゃねえ。
ここ3ヶ月一向に姿を表さない。
二週間に一回ペースで活動していた彼には、あまりにも長い休業期間だった。

(ったく、どこいっちまったんだよ…。)

道端の石ころに八つ当たりしてみる。キッド以外に張り合う奴のいなかった俺は、この3ヶ月間満ち足りない生活を送っていた。

「…ぃち、…新一ってば!」

蘭の呼ぶ声でハッとする。

「わ、わりぃ、なんだ?」
「道、こっちだよ?」
「あ、あぁ…!だ、だよな。」
「大丈夫?何か考え事?」
「大方、キッド様が居なくなって寂しいんじゃないの?」

ニヤニヤしながら園子がいう。こいつは割と勘がいい。こういう時なんて特に。

「べ、別にそんなんじゃねえよ!」
「へぇ〜。」

慌てて訂正する。園子はニヤニヤしたまま正面に向き直った。
こいつ…ぜってぇ信じてねぇ…。

「なんか…悩みだったら早めに相談しなよ?」
「あぁ、ありがとな。」
「蘭ってば新一くん甘やかしすぎ!ちゃんとしつけてやんないとわがままになるよ!?」
「もぅ〜園子ったら、犬じゃないんだから。」

(ほんとだよ…。)

園子に呆れながら歩いてると、どうやら学校についたらしかった。





キーンコーンカーンコーン

昼休みのチャイムが鳴り響く。
俺は購買でパンを買って、屋上でそれに齧り付いていた。

「そういえば…あいつが現れるのはいつも屋上だったな…。」

フェンスに寄りかかりながらそんなことを思い出す。
結局今日はずっとあいつのことを考えていた。

(あいつのせいでなんもやる気しねぇ……。)

こんな自分に少し苛立っていた。

ピシッ

頬を何かが掠める。足元には、1枚のカードが落ちていた。

「…っ!!キッドカード!?」

カードが投げられた方を見ても、ただ青空が広がっているだけだ。

「どこから…?」

キッドのサインが描かれたカードを拾う。

「何か書いてある…?暗号か?」

裏には一見すれば意味不明な文字列。どうやらカードには「今日の午後8時に○○ビルの屋上へ来い。」という内容が書かれてあった。

「俺宛て…だよな?」

学校の屋上を見渡すが誰もいない。それにピンポイントで俺を目掛けて飛んできたあたり、そうと見て間違いはないだろう。

「でも、なんで突然…。」

胸には突然のことでの驚愕と、キッドに会えるという期待が渦巻いていた。




「新一ぃ、今から商店街行くけど新一も行く?」
「わり、遠慮するわ。」
「何か用事?」
「んー…まぁ、そんなとこ。」

蘭たちの誘いを断って学校をでる。右手にキッドカードを持ってじっと見つめていた。

(でも、なんで俺なんだ…?)

あいつと渡り合えたのは俺だけとはいえ、あいつを好敵手と呼称する探偵は他にもいるはずだ。
何かを伝言するのなら、俺でなくても、むしろ観衆の目の前で伝えても問題はないはず。

(あーもうやめやめ!)

ここまで考え込んでもしも「適当にランダム」とかだったら頭にくるのでこれ以上考えないことにした。

「会いてえな…。」

ずっと思っていた希望が口から漏れる。キッドも、もしかしたらそう思ってくれているのだろうか。

(はは、これじゃまるで俺がキッドのこと好きみてえじゃん。)

鼻で笑いながらそんなことを考える。まさか、とは思うが…。

(いやそんなはずねえよ…俺は蘭が…。)

慌てて脳内で訂正する。しかし自分は今日、その幼馴染との予定を断ってキッドのことを考えてしまっているのだ。

(ひ、久々に会えるから…だよな…。)

認めたくなかった。平成のホームズと謳われた名探偵が、好敵手である怪盗に惚れるなど。

そんなことを考えていたら、いつの間にか家はすぐそこに見えていた。







「はぁ…。」

ため息混じりで時計を見ると19:30を示していた。30分も早くついてしまったらしい。

(家からこのビルまで30分もかからねえってのに…なんで1時間前に出ちまったんだよ…。)

遅れるよりは早い方がいいと、そう思って出たはいいがまさかこんなに早く着くとは思わなかった。
こんな自分、らしくない。

(てめぇに会いたくてしょうがねえんだ、早く来いよキッド…。)

星空を見上げながら心の中でそう呟く。いつにも増して、綺麗な星々だ。

「あー…退屈だ。意外と長く感じるもんだな。」

時計を見てみるとまだ5分しか経っていない。自分の中では15分くらい経ったつもりだった。

トンッ

頭上で軽い音が響く。見上げてみると白い鳥が降り立っていた。

「予告したのは20時のはずですが…。随分と早いんですね…?」

「オメーこそ。」

「はは…、心待ちにしてたのは、お互い様…と解釈して、よろしいですか?」

予想外の発言に言葉を失う。俺を指名したのはやっぱり…。

「…あぁ。」

顔が赤くなっている気がして俯きながら答える。
どうやら息が荒いようで、こいつの言葉は途切れ途切れだった。

「…なんで、俺を呼んだんだよ。」

目的を問う。

「伝えたい、ことが…ありましたので。名探偵に、どうしても。」

「俺に…?」

人々の憧れであり一部からはその強さゆえ狙われているこいつから、名探偵に、という言葉を聞けたことに優越感を覚える。こいつがそう呼ぶのは俺だけだからだ。

「私が…近頃、活動していない、ことには…理由が、ありまして。」

俺も、それが聞きたくてここに来た。と彼に告げる。そいつは息苦しそうにいつもの不敵な笑みを浮かべて話を続けた。
どこか、悲しそうにも見える。

「結論から、いいますと、もう貴方に…会うことはできません。」

「…っ!?」

またもや予想外の言葉に衝撃を受ける。この3ヶ月でも会えなくてもどかしかったのに、もう、会えない…?

「ど、どういうことだよ… 俺はまだ…っ。」

「申し訳…ありません。私としても、まだ、続けたいのですが…。事情により怪盗から足を洗わなければなくなりまして。」

「事情って…なんだよ…?」

「それは…訊かないでいただけると、ありがたい…。」

よくわからない感情で、胸がいっぱいだった。
嫌だ、離れたくない。もっと一緒にいたい。
必死に傍にいられる方法を探した。

「嫌だ…。もう会えないなんて…嫌だ…。」

「…名、探偵?」

「今日だって、やっと会えると思って…。オメーが姿消してから…ずっと……。」

「……。」

俺の言葉を聞いて、そいつも悲しそうに俯く。彼だって、不本意なんだろう。

「今宵は…名探偵とよく、思考が一致するのですね…。私だって、貴方と会えなくなるのは、辛い。」

そう言われて、少しほっとする。故意に俺の前から消えるわけではないのだ。

「ねぇ、名探偵。1つ、確認したいことが…あります。」

「か、くにん…?」

俺が不思議そうに見つめると、そいつは靴を踏み鳴らして俺に近づいてきた。

「今の私と貴方は、とても気が合うようだ。ならば…。」

そいつの口と俺の口の距離が0になる。一瞬思考が止まり、状況を理解した時にはその口はもう離れていた。

「キ…ッ。」

「名探偵、聞かせてください。貴方が私を想う気持ちと、私が貴方を想う気持ちは、同じですか…?」

荒い吐息がかかる。

キッドが俺を想う気持ち…それは…。

「あぁ。」

無意識にそう呟く。今まで否定してきた感情を、相手も抱いているのだと知ることで肯定できた。

そう、俺はずっとこいつに、恋愛感情を抱いていたのだ。

「…嬉しいです。その言葉が聞ければ、私は十分です。」

俺からそっと離れる。いつもの不敵な笑みとは違い、泣きそうな表情で笑う。

「待てキッド…!!俺は…っ!!」

俺の言葉を遮るように、そいつは煙とともに姿を消した。

「……っ。」

その場に崩れ落ちて涙をこぼす。唇の感覚がまだ残っていた。

「なん…で…、せっ…かく……お前…と…。」

泣きながら呟く。
別れ際に彼の裾から見えた白い布は、恐らく体中に巻きつけられているのだろう。あれが今の彼にとっての翼だったのだ。
歩くのだって、やっとだったはずだ。
やけに息が荒かったのは、きっとその所為だろう。

「そこまでして…お前が欲しかったのは…なんだったんだよ…。」

多くの罪を犯して、それでも目的を達せなかった彼に、少しの哀れみの感情を抱く。

俺はしばらくそこで、夜空に煌めく星を眺めていた。







「黒羽快斗…?」
「そうなの!江古田の友達に紹介してもらったんだけどさ!もうびっくりするほど新一くんにそつくりなのよ!」
「そんなに似てるやつなんているかよ…。」

俺は園子と蘭に連れられて、杯戸中央病院に来ていた。どうやら、俺に会わせたい人がいるらしい。

「でも彼、前に事故っちゃったみたいで学校に来てないらしいのよね。」
「あぁ、それで入院してるのね。」
「入院してる時に邪魔していいのかよ…。」
「だーいじょうぶよ!初めて会った時も歓迎してくれたし!……ただ…、」
「ただ?」
「なーんか会ったことある気がしたのよね…顔見るなりぎょっとされた気がするし。」
「新一に似てるからじゃないの?」
「うーん…そうなのかなぁ…?」

「あ、ここじゃねえのか?」

1412号室の前で立ち止まる。数字の下には『黒羽快斗』と名前が書かれてあった。

「あ、そうそうここ!さ、入ろ入ろ!」
「オメーの部屋じゃねえだろ…。」

「お邪魔しまーす!」

勢いよく園子が扉を開ける。ベッドに寄りかかりながらトランプをしていた少年がこちらを向いた。

「やぁ園子ちゃ………。」

「……っ!」



格好は違えど、顔を見ただけでわかった。なにせ、あの時はあれだけ近づいていたのだから。

彼と俺は目を合わせてしばらく硬直していた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ