novel

□報われない恋
1ページ/1ページ

探偵や警察なんて今までたくさん出会ってきた。どいつも俺を捕まえられはしなかったけれど。

「偉大な芸術家は死んでから名を馳せる…。お前を巨匠にしてやるよ怪盗キッド、監獄という墓に入れた後でな…。」

こいつは今までの探偵とは違った。何度も追い詰められた。その度に心が踊った。

これが恋だと知るのはもう少し後になる。


「やっぱりここだったか怪盗キッド。」

「おや、名探偵。暗号を解いて来てくれたのですね。」

「今回は少し手を焼いたぜ。相変わらずわかりづれえんだよ。」

「そりゃあ、暗号ですから。」

廃ビルの屋上で風に吹かれながらそんな会話を交わす。父さんの教えでポーカーフェイスを保ってはいるが、内心ウキウキしてたまらない。

ポケットから盗んだ宝石を取り出して、月に翳す。どうやら今回も目当てのものではなかったようだ。

「うーん…今回もハズレですね。名探偵、これお返し願えますか?」

彼に近づいて宝石を手渡す。とある事情で幼児化した彼は凛々しい瞳で俺を見上げた。

(あぁ…いい目だ…。)

体がゾクゾクと震える。中身は同世代とは言え、小学生男児に興奮する俺も余程の変態だろう。

「ねえ、名探偵。今日は月が綺麗ですね。」

彼の目線に合わせてしゃがむ。顔を覗き込みながら遠回しに愛の告白をした。

彼は一瞬不思議そうな顔をして、その意味に気づいた時には顔を強ばらせていた。

「…からかってんのか?」

「ふふ、本気ですよ。…って言ったらどうします?」

立ち上がり、月を背後に不敵に笑って見せる。

「別に。」

目をそらしてそっぽを向く。そんな姿も可愛らしい。

「おめぇが俺のことをどう思っていたって関係ねえよ。」

「本当にそうですか?」

彼の心を揺さぶろうと念を押す。どうやら彼はそれくらいでは動じてくれないようで。

「あぁ。」

そっぽを向きながら無愛想に答える。俺はやれやれ、と溜息をついて彼を見据えた。

「無駄口を叩いてないでさっさと自首しろ、もしくは俺に捕まれ。」

「全く…名探偵は冷たいですね。」

「なんで探偵の俺が怪盗のお前に優しくしなくちゃなんねえんだよ。」

「ふふ、ご尤もです。」

終始淡々と喋り続ける彼に、まるでからかうような口調で返す。彼は段々とイラついているようだ。

「ここに来る前に警察を呼んどいた。そこらにはヘリが飛ぶだろうし出入り口にも警備がつくだろう。今ここから飛ぼうもんならこの近距離からボールを蹴ってやるよ。」

「へぇ…今から貴方をその出口から引き剥がして逃げることも可能ですが。」

「…できるのか?」

「ふふ、やめておきます。」

彼はここに来てやっと笑った気がする。まるで俺を試すように。

「じゃあ、警察が来るまで少し話をしましょう。」

なめてるのか、と言いたげに不機嫌な顔をする。それに対して俺はニコニコと奇妙なまでに笑う。

「おめぇと話すことなんてねえよ。」

「まぁ、そう言わずに。」

俺は再び彼の元へ近づく。

彼の前で跪いて、口を彼の耳元へ持っていく。

「さっきの、割と本気だぜ?」

口調を変えて動揺を誘う。案の定彼は顔を赤らめてたじろいだ。

「…なっ…!?」

ポーカーフェイスを保って笑う。俺自身も、相当動揺していた。
何と言っても、想い人に想いを伝えたのだから。

「おま…何言って…!」

「あら?先程は冷静に対応してくださったのに、まさか満更でもないんですか?」

「な…わけ…っ」

小さな口を小さな右腕で覆いながら後ずさる。なんとも愛おしい姿に思わず抱きしめたくなる。

「おめぇ、わかってんのか、俺とおめぇは…。」

少し悲しげに呟く。それに答えるように静かな声で俺も呟いた。

「わかってます。私の想いを実らせようなどと思ってはいません。ただ、伝えたかった。それだけです。」

俺は徐に立ち上がって、彼が唖然としている隙に白い翼で飛んだ。後ろからはサイレンが聞こえてくる。

「あーあ…言っちまったな…。」

後悔と、少しの期待。あの反応は…望めるかもな。そんな淡い希望を持ちながら俺は帰路についた。










廃ビルにサイレンが響きわたる。

「気障野郎…先に言いやがって…。」

一人の少年の言葉は、サイレンにかき消された。 ●●

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ