novel
□報われない恋
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探偵や警察なんて今までたくさん出会ってきた。どいつも俺を捕まえられはしなかったけれど。
「偉大な芸術家は死んでから名を馳せる…。お前を巨匠にしてやるよ怪盗キッド、監獄という墓に入れた後でな…。」
こいつは今までの探偵とは違った。何度も追い詰められた。その度に心が踊った。
これが恋だと知るのはもう少し後になる。
「やっぱりここだったか怪盗キッド。」
「おや、名探偵。暗号を解いて来てくれたのですね。」
「今回は少し手を焼いたぜ。相変わらずわかりづれえんだよ。」
「そりゃあ、暗号ですから。」
廃ビルの屋上で風に吹かれながらそんな会話を交わす。父さんの教えでポーカーフェイスを保ってはいるが、内心ウキウキしてたまらない。
ポケットから盗んだ宝石を取り出して、月に翳す。どうやら今回も目当てのものではなかったようだ。
「うーん…今回もハズレですね。名探偵、これお返し願えますか?」
彼に近づいて宝石を手渡す。とある事情で幼児化した彼は凛々しい瞳で俺を見上げた。
(あぁ…いい目だ…。)
体がゾクゾクと震える。中身は同世代とは言え、小学生男児に興奮する俺も余程の変態だろう。
「ねえ、名探偵。今日は月が綺麗ですね。」
彼の目線に合わせてしゃがむ。顔を覗き込みながら遠回しに愛の告白をした。
彼は一瞬不思議そうな顔をして、その意味に気づいた時には顔を強ばらせていた。
「…からかってんのか?」
「ふふ、本気ですよ。…って言ったらどうします?」
立ち上がり、月を背後に不敵に笑って見せる。
「別に。」
目をそらしてそっぽを向く。そんな姿も可愛らしい。
「おめぇが俺のことをどう思っていたって関係ねえよ。」
「本当にそうですか?」
彼の心を揺さぶろうと念を押す。どうやら彼はそれくらいでは動じてくれないようで。
「あぁ。」
そっぽを向きながら無愛想に答える。俺はやれやれ、と溜息をついて彼を見据えた。
「無駄口を叩いてないでさっさと自首しろ、もしくは俺に捕まれ。」
「全く…名探偵は冷たいですね。」
「なんで探偵の俺が怪盗のお前に優しくしなくちゃなんねえんだよ。」
「ふふ、ご尤もです。」
終始淡々と喋り続ける彼に、まるでからかうような口調で返す。彼は段々とイラついているようだ。
「ここに来る前に警察を呼んどいた。そこらにはヘリが飛ぶだろうし出入り口にも警備がつくだろう。今ここから飛ぼうもんならこの近距離からボールを蹴ってやるよ。」
「へぇ…今から貴方をその出口から引き剥がして逃げることも可能ですが。」
「…できるのか?」
「ふふ、やめておきます。」
彼はここに来てやっと笑った気がする。まるで俺を試すように。
「じゃあ、警察が来るまで少し話をしましょう。」
なめてるのか、と言いたげに不機嫌な顔をする。それに対して俺はニコニコと奇妙なまでに笑う。
「おめぇと話すことなんてねえよ。」
「まぁ、そう言わずに。」
俺は再び彼の元へ近づく。
彼の前で跪いて、口を彼の耳元へ持っていく。
「さっきの、割と本気だぜ?」
口調を変えて動揺を誘う。案の定彼は顔を赤らめてたじろいだ。
「…なっ…!?」
ポーカーフェイスを保って笑う。俺自身も、相当動揺していた。
何と言っても、想い人に想いを伝えたのだから。
「おま…何言って…!」
「あら?先程は冷静に対応してくださったのに、まさか満更でもないんですか?」
「な…わけ…っ」
小さな口を小さな右腕で覆いながら後ずさる。なんとも愛おしい姿に思わず抱きしめたくなる。
「おめぇ、わかってんのか、俺とおめぇは…。」
少し悲しげに呟く。それに答えるように静かな声で俺も呟いた。
「わかってます。私の想いを実らせようなどと思ってはいません。ただ、伝えたかった。それだけです。」
俺は徐に立ち上がって、彼が唖然としている隙に白い翼で飛んだ。後ろからはサイレンが聞こえてくる。
「あーあ…言っちまったな…。」
後悔と、少しの期待。あの反応は…望めるかもな。そんな淡い希望を持ちながら俺は帰路についた。
廃ビルにサイレンが響きわたる。
「気障野郎…先に言いやがって…。」
一人の少年の言葉は、サイレンにかき消された。 ●●