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□僕と君と屋上と
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チャニョル君、海外に行ったんだって。

そう耳にしたのは
高校卒業間際だった



別にチャニョルと仲良かったわけじゃない

クラスも違ったし、付き合う友達もまったく違った

だけど僕たちだけの時間があった




『何してんの?』



屋上で声をかけられ振り向くと、
タバコを咥えて座り込むチャニョルがいた


クラス替えしたばかりのこの頃、僕は人見知りでクラスに馴染めないでいた


自分の理想とうまく行かない現実に、一人になりたくて授業をサボって屋上に行ったんだ



『よくここ来れたね』



屋上は立入禁止で、フェンスを乗り越えないと行けない所だ

自分でも思い切った事をしたなと思う


あの時の僕はとにかく必死で一人になれる場所を探してたんだ



でも、このチャニョルのせいで
それは叶わなかったけど



『あんた5組でしょ』
『…知ってるの?』
『へへ、まーね』
『君は…?』
『さぁ?』


チャニョルは名前も名乗らず
ただタバコを吹かすだけだった

そこからお互い一言も話さず、授業の終わりを告げる鐘が鳴るまで
僕は座り、彼は寝っ転がっていた



そんな事を2回、3回と重ね
廊下ですれ違う時によく目が合うようになる


名前もすぐに耳に入った

パクチャニョル____


彼は7組で、僕とは違う意味で浮いていた
まぁいわゆる不良、と言うんだろう



あの静かな屋上での彼のイメージとは少し合わないけど、あまりいい噂は聞かなかった


そのうち僕もクラスに慣れ始めて
屋上に行く機会は減ったけど
たまに嫌なことや悩み事があると屋上で彼と一緒の時間を過ごした




チャニョルは僕の名前をとっくに知っていたんだろうけど、名前を呼ばれる事はなかったし、僕が呼ぶ事もなかった




それだけ




それだけなのに____
彼が海外に行ったと聞いた時、少し残念に思ったのは、僕の高校生活の中であの屋上の時間が有意義だったから

あの時間が心地よかったから

もっとチャニョルと話しておけばよかったという後悔

……僕はもっと彼を知りたかったみたいだ




高校卒業して、大学進学して、そのままレールが敷かれたみたいに就職して


スーツに袖を通し日々の仕事を淡々とこなして、たまにかかってくる電話で母さんの愚痴を聞く______そんな毎日






季節が巡って、頬を撫でる風や草木の香りでふとした時に彼と過ごした屋上の情景が目に浮かぶ



今彼は何をしてるんだろう____






『あなた、ちゃんと自炊してるの?』



久し振りに母さんが上京してきた



『してるよ。昨日たまたまカップラーメンだっただけ』
『っそ。彼女と別れちゃったの?』
『…ほっといてよ』



ほんと口うるさくて嫌になる



『あ、そうそう。あなたに手紙が届いてたから持ってきたわよ』
『手紙?誰から?』
『えーと、パクチャニョル…くん?誰?』
『えっ…』



すぐに受け取って差出人を確認すると、確かに“パクチャニョル”の文字

どうやって僕の住所を?それよりもどうして僕に手紙を?



すぐに中を開くと、初めて見るチャニョルの書いた文字
久し振り、覚えてる?から始まったその手紙は短い


会いたい


とても丁寧に書いたとは思えないそれだけど、僕はすごく嬉しく胸が弾んだ


こんな嬉しくてわくわくするような感情は子供の時以来かもしれない




手紙の最後は彼の連絡先が書かれてて、ここに連絡すれば彼に会える____
そう思うと、記憶の中の彼が思い浮かび、すこし擽ったい気持ちになった


今なら母さんの小言も素直に受け止められそうだ





向こうの生活が見えないから、電話はやめた

メールで手紙のお礼と、自分も会いたいという意思を伝えた

返事は半日後に返ってきて、日時と場所の都合を合わせた



メールの向こうで、彼は何を思っただろう
彼と過ごした時間はあっても、言葉を交わしたのは本当に少なくて

メールの文面がどんなテンションでどんな気持ちなのか、判断がつかなかった





待ち合わせ場所に着く


昨日は緊張で眠れず、遠足や修学旅行の前日を思い出させた



着いた、とメールで送ると
すぐに返事が返ってくる


俺も着いた 前見て



読んで顔を上げると、数メートル先に懐かしいシルエットが確認出来た



彼はゆっくりと歩き、僕の目でも彼の表情がわかる距離まで来る


彼は照れくさそうに笑いながら手を振った______なぜか僕の目にはそれがスローモーションに映り、懐かしさと嬉しさと会いたかった気持ちで溢れて、彼に抱きついていた



『わっ…』
『パクチャニョル…っ』
『…………

ドキョンス…』



彼の低い声が初めて僕の名を呼ぶ
優しく抱き返されて、時が止まったように抱きしめ合った



『お前…のっぽなのも、O脚なのもがに股なのも何も変わってない』
『お前も。チビだし目玉きょろきょろで根暗っぽいとこ、相変わらずだな』


彼は微笑んでいた
憎まれ口でも、嬉しくて笑いあう



始め直そう____



『ねぇ、今から正式に友達だね』



彼を見上げて言った



『俺、それ飛び越えてるから。』
『…飛び越えてる?』
『会って、やっぱり確信した』
『何を?』
『今日それを一日かけて伝えるから』
『…?』


僕の頭にキスをし、手を取って歩き出す




初めて見る彼の笑顔は眩しくて、繋がれた手と心はあったかかった




恋人として始め直すことになるのは
僕だけがまだ知らない____




fin♡

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