記念story
□You belong to me.
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ーーとある休日の土曜日。
午前七時に起床した私は、朝からそわそわしながら家事に勤しんでいた。
朝食の準備は起床して一番に行い、随分涼しくなった朝の風を受けながら洗濯物を干した後は、物音を立てないようにワイパーで床を拭いた。
そして時計の短針が午前九時を指そうとしている今、ホッと一息つきながら専門店で奮発して買ったコーヒーを落としている。
(…そろそろ起こした方が良いかな?)
二階で未だスヤスヤと眠っているであろう千晶くんを起こしに、忍び足で階段を上がる。
なるべく物音を立てないようドアノブを捻り、ベッドで寝息を立てている千晶くんを覗き込むようにして見る。
(…綺麗な顔だなぁ…。男の子なのに、私より全然綺麗…)
その事実に卑屈になる事もなく、ただ起こしてしまえばそれが見れなくなると思うと、勿体なく感じ、揺り起こそうとしていた手を引っ込める。
ギシっと音を立たせて肘を付き、せっかくの休日なのだからとその寝顔を堪能する事にした。
いつものようにセットされていないその髪は、ふわふわの猫の毛みたいだ。
クスリと笑って髪を撫でていると、不意にその手を掴まれる。
「…早く襲ってくれないと、僕の方が我慢出来なくなりそうですよ」
「わっ!」
その言う千晶くんの顔を見ると、まるで寝起きとは思えないほど清々しい顔をしていた。
ついでに、ちょっと意地悪な表情も入り交じっている。
「びっくりした…。お、起きてたなら言ってくれればいいのに…」
「名無しさんが僕の部屋に忍び込んできてくれるなんて滅多にないですからね。てっきり、夜這いならぬ朝這いでも仕掛けてくれるのかと期待していたんですけど…」
「そ、そんな訳ないでしょ!」
私を動揺させた事が嬉しいのか、千晶くんは満足げにフフッと笑う。
「もう、相変わらずそういうところ、意地悪だよね」
「…と言いつつ、そんな僕が好きなんでしょう?」
「…そういう言い方も意地悪だよ」
「フフフ、名無しさんの照れたり困っている顔が僕の好物ですから」
「好物って…」
結局朝からいつもと同じく千晶くんのペースに乗せられてしまう。
けれど、今日はひとつだけいつもと違う事があった。
「さ、早く下に降りて朝食にしましょう」
「あ、うん」
(…珍しいな、千晶くんが朝から襲ってこないなんて)
そう、いつもは大体千晶くんが私の部屋まで起こし来てくれるのだけれど、必ずと言っていいほど甘い雰囲気になり、そのまま流されてしまう、というパターンになるのだ。
それが今日は襲ってくる素振りすら見せない。
おかしいと思いつつも、少し寂しく感じている自分の気持ちを否定するように頭を左右に振る。
(…今日は予定があるんだから、そつならなくて良いんだってば)
悶々としている私の気持ちをまるで見透かしたかのように、千晶くんはフッと笑った。
そして、両手を広げてフワリと私を抱き締め、額に優しいキスを落とした。
「そんな分かりやすい顔をされると、期待に応えなくてはいけない気分にななってしまいますよ」
「えっ!?」
「…なんて、続きは帰ってから存分にしてあげますから安心して下さい」
「い、いや、別に私は…!」
「今日のデート、僕も楽しみですから」
「千晶くん…」
ただ抱き締められて、額にキスをされたというだけなのに。
私の心は、千晶くんと愛し合った時と同等に満たされていた。
そして何より、私が計画していたデートを楽しみだと言ってくれた事に大きな喜びを感じていた。
(誘って良かった…!)
胸が熱くなるのを感じ、ほんのり漂ってくるコーヒーの香りを嗅ぎながら階段を下った。