記念story

□Never ever….
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ーーある朝。
社内はピリピリとしたムードに包まれていた。

その原因は…他ならぬ、私とーー。

「でも、私のこの記事を楽しみにしてくれている人もいます。それを不必要だっていきなりなくすなんて…」
「この企画のメインは私です。私が必要ないと思うものは必要ありません。例えそれがその時必要だと思ったものでも、時が経ち、不必要だと感じた瞬間に切り捨てる事もまた、必要な事だと思いますが」
「っ…」

ーー紡さんだ。

お互い仕事に遠慮はせず、意見があれば提案し、反論があればハッキリと物申す。
そうして切磋琢磨し合い、記者としての腕を磨いてきた。
それは私達二人に限らず、四季編集部内での経験値の積み方だった。

紡さんの言っている事は決して間違いだとは思わない。
確かにこの企画のメイン担当者は紡さんに違いないし、実際そのコーナーのほんの一部に私の記事を使っているだけで、全体の構成は紡さんが考えるべきなのだろう。

けれど…。

“例えそれがその時必要だと思ったものでも、時が経ち、不必要だと感じた瞬間に切り捨てる事もまた、必要な事だと思いますが”

突き付けられた言葉が脳裏に焼き付く。
当初、自身の書く記事の一角を使って、私のコーナーを作ってくれないかと持ち掛けてきたのは他でもない紡さんだった。
ーーつまり、最初は必要だと感じた私の記事も、今では不必要に感じるため切り捨てると言いたいらしい。

あまりに冷酷な物言いに、カチンとくるというより、絶望が私を包んだ。

「…切り捨てる、ですか」
「…すみません、言い方は悪かったかもしれませんね。ですが、名無しさんさんの書く記事は実際、回を追う毎に読者の声も聞けなくなるほど落ち込んでいます。そんな記事をわざわざ貴重なスペースを使ってまで掲載する必要性が感じられません」

あくまでも“必要ない”ということをピシャリと言い切る様子に、まるで私自身が紡さんに必要ないと言われているような錯覚に陥る。

そして私は…思わず言ってはいけない事を口にしてしまう。

「…そうやって、私の事もいつか…」
「え?」
「切り捨てるんでしょうね、今みたいに」
「…!」

吐き捨てるようにボソリと呟くと、それはしっかりと紡さんの耳に届いていたようで…。
驚きと困惑の入り交じったような表情を浮かべた。

「…すいません、ちょっと頭冷やしてきます」

下を向くと頬を伝ってしまいそうな涙を何とか堪えるため、視線を上へと泳がせる。
誰も私を止める事なく、先輩達はただ心配そうに私に目線を向ける。
それに見送られるように編集部を後にした私は、真っ直ぐに屋上へと向かった。

ギィと音を立てる重いドアを開けて屋上に足を踏み入れると、柔らかな風がまるで私を励ますかのように頬を撫でていく。

(…ダメ出しなんて慣れてるはずなのに。紡さんの口からあんな風に言われると…やっぱ参っちゃうな…)

記者として情けないと思う反面、紡さんの決してオブラートには包まない指摘や意見に、“彼女”として傷付いてしまう自分が少なからずいて。

高くそびえ立つフェンスに指を絡ませながら、ぼんやりと遠くの空を見つめていると、背後からカチャリと鍵の開く音がした。
振り返ると、今一番顔を合わせたくない相手がそこに居た。

紡さんは無言のままそっと私の隣に、少し距離を開けてフェンスにもたれかかった。

「…どういう意味やねん」

不意に、いつもより低い声で問い掛けられる。

「…すみませんでした」
「別に、謝って欲しい訳やない。どういう意味で言うたんか知りたいだけや」

その口調は少し怒りを含んでいるようにも聞こえる。
私は何となく紡さんの方を見れず、淡々と、なるべく冷静に言葉を返す。

「…そのままの意味です。私情を挟んでしまってすみませんでした」
「っ、そのままって何やねん!」

紡さんは苛立ったように声を荒げ、フェンスを掴んだ。
恐る恐る横に目をやると、訝しげに私を睨み付けていた。

「…切り捨てるっていう言葉が、私自身に向けられた気がして…」
「…なんでそうなんねん」
「少なくとも、湊先輩や早川先輩ならそんな言い方しないです、きっと」
「っ…!」

悪いところを悪いと指摘する事は、必要な事だろう。
より良い記事にする為には、時には何かを犠牲にしなければならない時があるという事も十分に理解している。

けれど、それでもーー。
例えばこれが湊先輩や早川先輩なら、“多からずとも私の記事を楽しみにしてくれている人の事”や“私のその記事がよりよい物になる為にはどうすればいいのか”と考えた上で結論を出してくれるはずだ。

紡さんのたった一言が私を傷付けたように、多分私のこの一言で紡さんは大きく傷付いたのだろう。
苦しそうな表情を浮かべ、言葉を詰まらせているように見える。

「…悪かったな」

紡さんはそう一言告げると、それ以上は何も言わず踵を返した。
一方の私も掛ける言葉が見つからず、去っていくその背中を見つめる事しか出来なかったーー。

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