クリスマス企画
□摘み取る者と守る者
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「ーー……ごめん。だから、クリスマスは友達と一緒に過ごすから。…………大丈夫。私もう高校生だよ?これ以上お兄ちゃんに迷惑かけられないよ。…………ううん、恭ちゃんは違うよ。まだ恭ちゃんのこと嫌ってるの?お兄ちゃんが思ってるほど悪い人じゃないのに。…………友達の性別?男の子だけど……。…………違うよ、そういうんじゃないから落ち着いて。血祭りはだめ。物騒なのはやめて。…………分かった、年末年始はお兄ちゃんと過ごすから。……うん。……うん。赫夜お兄ちゃんが一番だよ。…………じゃあ、もう遅いから……おやすみなさい」
嘉帆はスマートフォンの通話を終了させ、ふうとため息を一つ吐いた。
まさか赫夜がこんなにぐずるとは。年末年始は兄妹水入らずという対価で、どうにか納得してくれたが。
「お兄ちゃん、本当に心配性なんだから……」
今日は屋敷に帰る気力がなくて、生徒会室に泊まる事にした嘉帆はいそいそとスマートフォンを鞄にしまい、消灯してソファーに横になった。
だが、久しぶりに沢山吸血して気分が高まっているのか、目を閉じてもなかなか眠気が訪れず、嘉帆は仕方なく上体を起こして、何気なく窓枠に切り取られた夜空に目をやった。
今夜は星が綺麗だ。
ーー明日、ちゃんと紅雄くんに謝らないと。
それと、これからはあまり恭太郎と接触しないようにしよう。
お互いの立場上完全に関係を絶つのは不可能だが、暫く壁を作るくらいなら可能だろう。
恭太郎も悪意がある訳じゃなく、嘉帆の為を思ってあんな暴挙を働いたのだろうが。
彼の手によって、本当の自分を暴かれたくなかった。
吸血鬼の本性を知ったら、きっと紅雄も離れていってしまう。
もう誰も傷つけないために、どんなに辛くても嘉帆は自分を偽り続けるしかないのだ。
――――『喧嘩を止めるだけであそこまでする普通?』
――――『二人とも全治七ヶ月だって。混血だからそれで済んだけど、ただの人間だったら死んでたかもしれないんだって』
――――『おとなしそうな顔してエグいねぇ』
――――『吸血鬼って皆そうなんじゃない?血が大好きなんだから。もはや猛獣だよね。こわー』
一度染み付いた恐怖心はそう簡単に拭えない。
偶然耳にした、心ない罵声の数々が今も耳元で響いているようだ。
暗闇の中浮かび上がった赤い瞳から、いつの間にか一筋の雫が溢れ落ちていた。
××××
嘉帆を更に追い詰める事件が起きたのは、その数週間後だった。
ようやく吸血の効力が切れ、筋力が衰え、瞳も黒みを帯びはじめた頃。
その日の放課後、嘉帆は家庭科室でガトーショコラの試作品を焼いていた。
特にリクエストを受けた訳じゃないが、紅雄がよくチョコレート類のお菓子を口にしているのを知っていたので、ガトーショコラを飾り付けてクリスマスケーキにすることに決めたのだ。
スマートフォンで検索したレシピ通り作って綺麗に焼き上がったそれを型に入れたまま持ち出し、生徒会室で冷やそうと廊下に出て慎重に歩いていたら。
「――嘉帆ちゃん」
突然背後から見知らぬ男子生徒に声をかけられた嘉帆は、ビクリと身を跳ねさせた。
危うく落としそうになったケーキを両手でしっかり持ち直す。
嘉帆を驚かせた元凶は素早く前に回り込み「大丈夫?手伝おうか」と白々しく提案して手を伸ばしてきた。隠しきれない下心をにやけた顔に浮かべて。
この展開はマズイと、嘉帆は内心焦った。
今の嘉帆はほぼ無力だ。
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