クリスマス企画
□求められる悦び
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机も教壇もない閑散とした空き教室で、紅雄と恭太郎は向き合っていた。
「話ってなんだよ」
「話と言うか、見せたい物がある」
そのわりに恭太郎は手ぶらだったので、紅雄は怪訝そうに眉を寄せた。
対して恭太郎は、相変わらず人を食ったような深意の読めない表情をしている。
と。
おもむろに恭太郎は動いた。
制服の上着を脱いで床に落とし、ネクタイを外し、シャツのボタンにまで手をかけた所で紅雄は「ちょっと待て」と制止したが、構わず手を動かし続けた。
――おいおい『見せたい物』って自分の裸か!?男同士で何考えてんだコイツ!
突然の脱衣に紅雄は困惑を露にするが、その間もボタンを外す恭太郎の手は止まらず、残ったインナーも脱ぎ捨てた。
すると現れたのは、日常生活を営む男子高校生の体とはかけ離れた、大小様々な古傷に埋め尽くされた少年の上半身だった。
中にはつい二、三日前に完治したような痕も混ざっていて、日頃恭太郎がどれだけ過酷な環境にいるのかを物語ると同時に、ある事実を紅雄に伝えた。
「右肩のそれ――もしかして吸血痕か?」
「そうだ。これは少し古い痕だが……君の首にある痕と同じで、嘉帆嬢から“貰った”」
紅雄は反射的に、今朝刻まれたばかりの吸血痕に触れていた。
……確かに同じ物だが、恭太郎の肩のそれは紅雄のものと比べてかなりいびつで皮膚も変色している。
かなり乱暴な吸血をされ、それから吸血痕にして強制的に治癒したのだと一目で分かる。
「後は、左肩にも二ヶ所。右腕に四ヶ所。項に二ヶ所、左腕にも三ヶ所……他にも数ヶ所吸血痕がある。彼女の一番のお気に入りは君が最初に見つけた右肩からの吸血で、何度もしたから其処の吸血痕だけ一際濃いんだ」
誇らしげに主張し、指先が愛しそうに吸血痕をなぞるのを紅雄は信じられない気持ちで眺めていた。
紅雄の知ってる嘉帆は吸血に積極的とは言えず、そんなにはっきり痕が残る吸血をされた事なんて一度もない。
――俺はそんなに嘉帆から求められたことなんてない。
その時、ジクリと、胸の内に嫉妬の火種が芽生えるのを紅雄は感じた。
「七つの頃からずっと俺が嘉帆嬢に血液を提供していたんだ。
君が現れるまでは、な」
今度は恭太郎から紅雄へ、嫉妬のこもった眼差しが向けられる。
そして、右手の最も新しい吸血痕を紅雄に見せつけるよう顔の横に上げた。
「これが本来の嘉帆嬢のあるべき姿を示している。彼女は昔から吸血に消極的な訳じゃなかった。正直言って、今の彼女は弱々しくて見ていられない。
だから俺は、これからも俺の血を吸血させる。無理矢理にでもな」
恭太郎が語った彼女の転機は、中等部の時。
些細なきっかけで喧嘩になった混血の仲裁に入った際、両人に大怪我を負わせてしまった事だ。
故意ではなかったが、それ以来嘉帆は己の力を恐れ、吸血を控えるようになった。
『至高の吸血鬼』が情けないと恭太郎は言いたいのだろう。
だが、それは建前だ。
彼の本音を紅雄は既に察していた。
「“本来の嘉帆のあるべき姿”?……違うな。“お前が望んでいる姿”だろ」
今まで一方的に紅雄が恭太郎を毛嫌いして、まともに話す機会があまりなかったが。
分かってしまった。
恭太郎も、嘉帆が好きだ。
それも、紅雄よりずっとどす黒く不純な執着心を燃やしている。
好意の形は人それぞれだが、彼のそれはあまりにも歪んでいるように思えた。
こうやってわざわざ宣言したのは、紅雄への宣戦布告のつもりなのだろう。
「恭太郎、お前間違ってるよ」
「そんな事は承知の上だ」
本心を見透かされても尚、恭太郎は臆することなく紅雄と相対した。
「これが俺の愛だからな」
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