クリスマス企画

□芳香と吸血鬼
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まさかこれは夢じゃないだろうか。
と、疑ってしまうくらい素晴らしい誘いに脳の処理が追い付かず反応が遅れてしまった紅雄に、嘉帆はいたたまれなくなって「なかったことにする」とまで言い出したので、紅雄は慌てて返事をした。

意識せず意味深な返答になってしまって、紅雄は誤魔化すように「予定は絶対空けとくから」と上擦った声で言葉を重ねた。


「ありがとう、嬉しい!生徒会室も飾り付けとくし、せっかくだからケーキも焼くね」

「そういえばお前、お菓子作りが得意だったな」


以前、調理実習で作ったマドレーヌをもらったが、あれは絶品だった。祖母と二人暮らしだったので今まで洋菓子に縁がなかったのと嘉帆の手作りだからという贔屓もあるかもしれないが、あまりの美味しさに感動した記憶がある。


「得意っていうほどじゃないけど、赫夜お兄ちゃん……一番上のお兄ちゃんが甘党でよく作ってたの。私、ずっと友達いなくて、今までクリスマスはずっとお兄ちゃんと過ごしてたから、紅雄くんと友達になれて嬉しい」


『友達』……紅雄の望んでいる関係とは少し違うが、嘉帆は無邪気に喜んでいるので良しとしよう。

今はこのままでも構わない。

嘉帆が幸せなのが一番だ。


「それに、いつまでもお兄ちゃんにばかり甘えられないと思ってたし……」

「前に恭太郎が言ってたけど、嘉帆の兄貴ってかなりシスコ……過保護、なんだろ。大丈夫なのか?」

「他の兄妹の距離感がどうなのかよく分からないけど、赫夜お兄ちゃんはちょっと過保護気味なところがあるかな……優しくされると私もつい甘えちゃうし。でも、もう高校生だし、そろそろ自立しなきゃいけないからこれでいいの」


これだけ可愛い妹ならシスコンになるのも頷けるが、いつか両思いになった時その兄に会わないといけないのは気が重い。

紅雄としても、一刻も早く妹離れをして欲しいところだ。


「当日は何しよう。すごく楽しみ。どう表現すればいいのかな……えっと、ワクワク、するっ」


基本的に物静かでおとなしい嘉帆がこれだけはしゃぐのは貴重だ。

いつまでも眺めていたいが、もう授業が始まる時間だ。

掛け時計を確認し、嘉帆と紅雄はそれぞれ教室に向かった。

紅雄が席に着いた途端、女子を中心に沢山の生徒が押し寄せ、いきなりクリスマスの予定を訊かれた。


「もし予定がないなら、ぜひ私とッ」

「先に言うなんてずるい!あたしだって紅雄君とクリスマスデートしたい!」

「ちょっと!彼氏がいるヤツは後ろに下がりなさいよ」

「ていうかあんたら忘れたんじゃないでしょうね、抜け駆け禁止の約束」

「そんなこと言ってられないっつーの。声をかけるのは早い者勝ちよ!」


「――悪いけど、クリスマスは既に大事な予定がある」


揉めに揉めていた女子達はその一言に「えー」と不満の声を上げつつも、渋々諦めて自分の席に戻っていく。

イベントや休みがある度に毎回“これ”が起きるので紅雄は芳香の影響力を実感しながら、鳴り響くチャイムの音を聞いていた。

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