クリスマス企画

□序章
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それは、紅雄の唯一の肉親である祖母の葬儀を終えた数日後の事だった。

突然訪ねてきた少年は祖母の同級生の孫だと自己紹介し、代わりに線香を上げに来たと言った。

喪服を着た、自分とたいして年の変わらないであろう少年。人形のように整った顔立ちをしているが言動に特に不審な点はない。

だが、その愛想笑いとずっと向き合っているとどういう訳か――手足を得体の知れない物に絡め取られるような不快感がして、紅雄は“それ”を玄関から家内へ招くのを躊躇った。

何か明確な理由がある訳ではない。

ただただ『嫌な予感』が紅雄の心音を早めていた。

だから、失礼を承知の上で追い返そうとした。

その時。


「子供にしては勘が鋭いじゃないか。俺が知人の孫というのは嘘だよ」


古町恭太郎と名乗った少年は紅雄に正体を暴かれるよりも早く、先手を打って自ら本性を明かした。

笑みを消した顔には、ゾッとするような無表情だけが残っている。


「なら……お前の本当の目的は何だ」


意を決して紅雄が問うと、再び恭太郎は愛想笑いを浮かべた。


「私は『特別公務員』という組織の一員で、政府からの使いです。
初めまして“紅雄様”。貴方に義務付けられた役目をお伝えします。という訳で、中へ上げてもらってもよろしいですか?」

「ここで話せ。お前は客じゃねぇからな」


……それから告げられたのは、まるで漫画や映画の設定のようだった。

妖怪は実在して、紅雄はその妖怪を魅了する『芳香』という香りを放つ体質で、妖怪と同盟を結ぶ政府の命令に従えという。

『到来学園』という表向きは進学校の妖怪支援施設への入学を強制され、紅雄は「ふざけるな」と当然不満を露にした。


「残念ですが、拒否権はありません」

「人権蹂躙だ」

「貴方にとっても悪い話ではないかと。ご理解頂けるなら金銭面の援助は勿論、今後の生活は政府が保証します。引き換えに貴方がするべきことはたった一つ――『至高の吸血鬼』と名高い女吸血鬼の嘉帆様に、芳香の血を捧げることです」


“至高の吸血鬼”――その大層な肩書きを聞いた時、紅雄は、嘉帆というのはどのくらい気位の高い女なのかと思った。
もしかしてその嘉帆の機嫌取りをするのが政府の目的だとすると、手に負えないくらい凶暴で恐ろしい吸血鬼なのかもしれない。

そんな化け物に血を捧げるなんて冗談じゃないと思ったが。

結局、無理矢理到来学園への入学手続きを進められ、実際に嘉帆と会った紅雄は――大きな衝撃を受けた。


「は、はじめまして……私が吸血鬼の嘉帆です」


怖ず怖ずとお辞儀をした少女は、同じ年頃の女子の平均どころか紅雄の胸元くらいの背丈しかなかった。

頭を下げた拍子にダークブラウンの髪がサラサラと揺れ、上目遣いに様子を伺うほんのり黒みのかかった赤い瞳はまるで宝石みたいだ。

紅雄が想像した『凶暴』や『恐ろしい』とは無縁な、正に『可憐』や『愛らしい』言葉が似合う色白で小柄な少女だった。

ふっくらした唇から時折覗く鋭い犬歯が彼女が人間ではないことを示しているが、どこからどう見ても可愛い女の子だ。


この際、はっきり言う。

紅雄は、至高の吸血鬼である嘉帆に一目惚れしたのだった。

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