クリスマス企画
□摘み取る者と守る者
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一方、一見いつもと変わらない恭太郎だが、付き合いの長い嘉帆だけがその異変に気がついていた。
今の古町恭太郎は、相当“キレて”いる。
まだかろうじて意識のある男子はまるで羽をもがれた虫のように廊下を這い、それを見つめる恭太郎の瞳は表面上春の日差しのように穏やかだが、内側には全てを焼き尽くすような激しい怒りの炎が燃え盛っていた。
理由は一つ。
「俺の断り無しに嘉帆嬢を襲うなんて良い度胸しているじゃないか。到来学園にまだそんな馬鹿が残っているなんて予想外だったよ」
彼は平気で嘉帆を傷付ける反面、他者に“無意味”に嘉帆が傷付けられる事からいつも守ってくれた。
「もう二度とそんな気が起きないように――去勢の時間だ、豚野郎」
恭太郎が男子の股間ギリギリに一歩踏み出すと共に、惨劇の幕が今開けたのだった。
××××
「分かっているだろうが、この事は他言無用で頼む」
全て片付いた時にはすっかり日が暮れていた。
迎えの車を待たせてあるので急いで正門に向かおうとした紅雄を、恭太郎が呼び止めた。
「また『嘉帆嬢は至高の吸血鬼だからナントカー』って言う気か、恭太郎」
「嘉帆嬢自身がそれを望んでいるからだ。もしこの事が公にされたら、あの男子生徒は参上学園に転校しなければならなくなる。もう罰はあれで十分受けただろう」
紅雄も話だけなら聞いたことがあるが参上学園といえば、鴉天狗の久良が生徒会長を務める、妖怪の血族至上主義の暴力が支配するとんでもない場所だ。
激怒した恭太郎から『罰』を受けた男子は結局病院送りになってしまったが、嘉帆の温情で退院した後は到来学園に戻って来れるという訳だ。
恭太郎に嘉帆の意見を尊重する気持ちが備わっている事に、紅雄は少なからず驚いた。
「……嘉帆はもう落ち着いたのか?」
「海藤さんに車で屋敷まで送ってもらったから問題無いだろう。かなり憔悴していたから今晩はそっとして置く事にするよ」
常識的な対応だが、そんな思いやりがあるのかと紅雄はまた衝撃を受けた。恭太郎に対する認識を改める必要がありそうだ。
「少し君を見直したよ」
それは恭太郎も同じだったらしく、比較的友好的な笑みを向けられた紅雄はぎょっとしたが、構わず恭太郎は続けた。「普通ならとっくに逃げている。まさか君にあんなに根性があるとは思わなかった」と。
「根性っていうか……あの場合だと助けようとするのが当たり前だろ。実際役に立つかどうかは別として、」
紅雄が困っている人を見過ごせないのは祖母の教育の賜物だ。
特別すごい事をしている実感のない紅雄がむず痒そうに言うと、恭太郎は一層笑みを深めた。
「これから先、俺は何を言われようが嘉帆嬢への接し方を変えるつもりは無い。でも、君だったら彼女を吸血の恐怖から救えるかもしれない。君の優しさにはそんな力がある」
「そうやって俺に託さなくても、お前も嘉帆に優しくしてやれよ」
「俺には無理だ。俺は上っ面を取り繕っただけの自分勝手な人間だからな」
そこまで冷静に分析出来ているんなら、その歪んだ性格直せよ。
と、呆れつつ、彼の言葉に希望を見出だしたのも確かな真実だった。
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