クリスマス企画
□恭ちゃん
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……なんだろう。吸血された朝と比べて違和感がある。
嘉帆は校則通りに一切の乱れなく制服を着て、膝丈のスカートから伸びる足は三十デニールのストッキングを穿いている。
着替えているが、朝と全く同じ出で立ちだ。
違和感の正体は衣服ではなく、嘉帆自身にあった。
目だ。
目が、朝の若干黒みを帯びた赤よりも鮮やかな、今にも発光しそうなほど明るい赤色に変わっていた。
それに心なしか肌の艶もいい気がする。
吸血鬼の瞳や体調は吸血の量によって左右される。
つまり。
「あれから吸血したのか」
何気ない発言だった。深い意図はなかった。
しかし嘉帆は、ビクンと過剰に身を跳ねさせて反応した。
が、すぐ苦笑いで取り繕って「ちょっと……」と、言葉を濁した。
明らかに様子がおかしい。
「どうした、何かあったのか……?」
手を伸ばし、紅雄が肩に手を置こうとしたその時。
嘉帆は咄嗟に手の届かない位置まで後ずさっていた。
「今は、私にあまり触らない方がいいから……」
彼女からそんなに露骨な拒否をされたのは初めてで、ショックで固まる紅雄に嘉帆は深刻な様子で告げた。
嘉帆は怯えていた。
少なくとも紅雄に対してではなさそうだが、一体どうして。
――『あまり飲み過ぎちゃうと力がすごく強くなっちゃうから、これぐらいが丁度いいの』
ふと、今朝の嘉帆の発言を思い出す。
今の十分に吸血した嘉帆は、吸血鬼本来の力を得ている状態だ。
学園の混血の生徒でさえひとたび暴れれば、アスファルトだろうが容易に素手で破壊出来る者がいる。
嘉帆が更にその上を行くのなら、力加減を少し間違えただけで大惨事に繋がるのは間違いない。
ましてや、普段は吸血量を減らして力を抑えている少女が、力の制御の仕方なんて分かる訳がないのだ。
今の嘉帆は全身に凶器を纏っているのと同じだ。
触れるなというのも当然だ。
嘉帆は紅雄を傷付けたくない一心で距離を取っているのだ。
「ごめんなさい。用事があるならやっぱり明日聞くから……」
「……分かった」
種族の違いを実感して、紅雄はおとなしく退室した。
こんな風に、自分の力不足で歯がゆい気持ちを味わうのは珍しい事じゃない。
嘉帆の小さくて白い手より二回りは大きいくせに役に立たない己の掌を見下ろし、唇を噛む。
「紅雄様」
それから目的もなく亡霊のように廊下を歩いていると、いきなり後ろから声をかけられた。
紅雄のことを“様”をつけて呼ぶ生徒は一人しかいない。
「恭太郎か」
「形だけでも“先輩”か“さん”を付けたらどうだ。一応歳上だぞ」
古町恭太郎は憎らしい程綺麗な愛想笑いを浮かべた。
「……悪いけど、急ぎの用じゃないなら後にしてくれ」
「嘉帆嬢に冷たくされて不貞腐れているのか」
「うるせぇ」
「一つ良い事を教えてやろう。嫌がる嘉帆嬢に無理矢理吸血させたのは俺だ」
次の瞬間、紅雄は恭太郎の胸ぐらを掴んでいた。
「……嘉帆が悲しんでいる時は大抵お前が原因だな。いい加減にしろよ、こんなに追い詰めるくらい嘉帆が嫌いなのかお前はっ」
「違う」
「違わねぇだろ!!」
つい大声が出た直後。
恭太郎の笑みが消えた。
残ったのは、初めて会った時と同じ、対峙した者をゾッとさせるような冷えきった無表情だけだった。
「甘やかして好意を示すのだけが愛情じゃない。お前の価値観が他人にまで共通すると思ったら大間違いだ」
突然の変化に怯んだ紅雄の手を静かに胸元から離し、恭太郎は言葉を続けた。
「話がある。この先の空き教室に俺と来い」
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