おみくじ
□大吉
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昨日から約束をしていた嘉帆は、千晃の家に泊まりに来ていた。
嘉帆の方が早く仕事が終わり、合鍵で中に入り、夕食を作って待っているのだが……。
「千晃さん、遅いな……」
もう時刻は九時を回っている。
冷えてしまった料理を温め直すか考えていると、玄関から音がした。
帰ってきたのだ。
そう思った嘉帆は出迎えに向かうが。
「お帰りなさい」
「ああ……ただいま……」
いつもならすぐにただいまのキスをしてくれる千晃だが、靴を脱ぐと覇気のない返事と共に嘉帆の脇を通りすぎていった。
その時、いつもなら念入りに消臭している煙草の匂いが香った。
何か嫌なことがあったのだろうか?
「ご飯、どうしますか?」
「いや、もう食べてきたからいい」
せっかく作ったが、それなら仕方ない。きっと仕事が長引いた所為でお腹が空いて我慢出来なかったのだ。
後で冷蔵庫に入れて置こうと考えていると、千晃は不機嫌そうにスーツのまま浴室に直行してしまった。
……間違いない。仕事でよっぽど嫌なことがあったらしい。
自分がいたらゆっくり休めないかもしれないと思い、嘉帆は冷蔵庫にラップをした料理を収納して置き手紙を残し、あくまで善意から自宅に帰った。
が。
不在着信:59件
新着メール:22件
携帯電話の電源を落としていたのを忘れていた。
以前に比べて格段に減ったとはいえ、今でも心臓に悪い異常な数字だ。
既に帰宅した嘉帆は慌てて千晃に連絡をした。
『嘉帆ー!!』
するとワンコールもしないうちに着信が繋がり、迷子になった子供が母親をみつけたような大声で名前を呼ばれた。
「落ち着いてください」
『せっかくお前が来ているのにクソハゲ上司の無茶ぶりで帰りが遅くなって、風呂から上がってさあ存分にイチャつこうと思ったらいないし、嘉帆もてっきり外食で済ませて来たとばかり思い込んでいたからまさか食事を用意して健気に待っているとは思わなくて。あんな態度を取って本当にすまなかった。愛想をつかさないで欲しい。お前に嫌われたら俺は生きていけない。どうして何も答えてくれないんだ。もし許してくれないなら一生お前に付きまとっ』
「落ち着いて!!ください!!」
嘉帆が滅多に出さない大声を上げると、千晃はやっと静かになった。
「私が帰ったのは愛想をつかしたとかでは全くないので、安心してください」
『……本当に?』
「今までもっと酷い事されても許して一緒にいるのに、これぐらいどうってことないです。千晃さんは気にし過ぎです」
『だったら車でそっちに行くから……泊まっていいか?』
「私は構いませんが、いいんですか?もう夜中ですよ」
『俺もお前も明日休みだから、関係ないだろ』
「はい。じゃあ掃除して待ってます」
いつもは自信満々で不遜な態度の千晃が落ち込んでいる様子を可愛いと思ってしまうのは、やっぱり惚れた弱味だ。
彼が泊まるのは初めてではないが礼儀程度に部屋を片付け、それから車を飛ばして来たであろう千晃に扉を開けた途端激しく唇を奪われ、倒れそうになった体を千晃が支えた。
「は、ン、……早く扉閉めてください……っ」
「あぁ……悪い」
一応謝っているが満足そうな千晃は後ろ手に扉を閉めて鍵をかけた。
「千晃さん、まだ髪が濡れてますよ」
「少し寒い」
「大丈夫ですか?もう一度お風呂入りますか」
「一緒に入らないか」
「は、入りません!」
すると露骨に千晃が肩を落とすのでつい嘉帆が頷いてしまうと、一転して表情を明るくして、抱き上げられた。
嘉帆も大概千晃に甘いのだ。
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