クリスマス企画
□恭ちゃん
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「また俺の言い付けを守らなかったな」
偶然廊下で会ったのが運の尽きだった。
恭太郎によって右手首を掴まれ、壁際に追い詰められた嘉帆は俯いて震えていたが、強引に頤を持ち上げられ、目線を合わせられた。
「吸血をしろ」
「吸血……しました」
「お前がしているのは吸血の内に入らない。その内音を上げるだろうと様子見をしていたが、吸血鬼にとって気が狂いそうになる血への“飢え”に耐えられるその精神力には感服するよ。その代わり、本来の力が発揮出来ず俺の力も振りほどけない程弱っている様だな」
手首を掴む力が増し、骨が軋む痛みに嘉帆はたまらず顔を歪めて呻き声を上げる。
その様子をじっと見下ろしながら、不意に恭太郎は自身の右手の皮膚を噛み切り、血の滴るそれを嘉帆の口元に押し付けた。
「飲め」
「い、嫌ッ」
嘉帆が頭を左右に振って拒否すると、恭太郎は薄く微笑んだ。
「そうか……じゃあ、ずっと“このまま”だな」
彼の指先を伝い、ポタポタと重力に従って絶え間なく落ちていく血液が、廊下に赤い水溜まりを作っていく。
恭太郎の言う「このまま」とは、何の治療もせず、決して浅くはないその傷を放置することに違いない。
嘉帆への当て付けに。
そんなことをされて、嘉帆が罪悪感に耐えられる訳がない。
幼少からずっと世話係を務める恭太郎は、どうすれば嘉帆が自分の言いなりになるかを熟知していた。
「分かり、ました……吸血するから、もう意地悪なことしないで……恭ちゃん」
情けなくて泣きそうになるのをこらえ、強張った顔で嘉帆は恭太郎の欲しがっていた言葉を絞り出す。
すると恭太郎は「分かればいいんだ」と、この異常な状況に相応しくない悠然とした態度で、再び嘉帆の口に流血する手を押し当てた。
ぬるりとした生暖かい血液が、桜の花弁のような嘉帆の唇を真っ赤に彩る。
痛々しいので早く吸血痕にして治してしまいたいが、唾液に治癒効果を得るには一定の量を吸血しなければいけない。
嘉帆は両手で恭太郎の手首を支え、怖ず怖ずと舌を出して溢れ出る血を舐め始めた。
日頃から食生活に気を使っている恭太郎の血は癖がなくさっぱりしていて、紅雄の芳香の血程じゃないがかなり美味しい。
目的を忘れ、いつしか夢中になって喉に流し込んでいた――。
「良い子だな……嘉帆嬢」
頭上からどこか恍惚とした声が降ってきて、嘉帆は本能に偏りかけていた思考から正気に戻った。
ふと気がつけば、顎から着衣まで血を垂らしながら吸血に没頭していた。
まるで獣のように貪っていた。
自覚した途端、自己嫌悪がどっと押し寄せてくる。
「恥じる必要なんて無い。今のお前はとても美しい」
じわりと涙の膜を張った嘉帆の鮮やかな赤い瞳に対して、恭太郎の黒目がちの瞳も得体のしれない情欲によって濡れているようだった。
「もっと俺を求めてくれ」
異常な執着心を向けてくる恭太郎に、嘉帆は途方もない恐怖心を抱いていた。
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