世界を渡った先

□第一話
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大盛りにしたお椀を乗せたお盆を持って客室に戻ると、キョロキョロと物珍しげに部屋を見渡す男の背が見えた。
多分誰も来ないだろうからと私の洋服が散乱しているから、珍しいんだろうなぁ。
こんなことなら掃除しておけば良かった。

『お待たせしました、そんなに珍しいですか?』

「うぉあっ!い、いつからそこに…」

『つい先ほどですよ、準備できましたのでどうぞ』

にっこり笑って膳を置くと、少し迷いながらゆっくりした動作で膳の前に座って手を合わせおっかなびっくりという感じで食べ始めた。

「もしかして、ここはどっかの城か?卵なんてめったに手に入らんもんまで使って…」

『いえいえ、私一人が住んでるただの屋敷ですよ。
その卵は……裏山の鳥から拝借しました』

「裏山の鳥からこんな上質な卵が手に入ると思えんがね」

『ふふふ、疑い深いですね…まぁ武将さんなら当然ですかね』

目にかかる髪を耳にかけながら苦笑する。

「小生、自分が武将だなんて一言も言ってないが?」

『それだけ鎧を着込んでいればわかりますよ。
まぁ、あいにく戦事情には疎くて、今ここがどの辺なのかもわかりませんけど。
誰の領地なのかも、ね』

ご飯を食べ進める大男さんに苦笑すると、今までやや下を向いていたのに驚いた様な困った様な顔をしてこちらを見た。

「ここがどこか分からんのか?これっぽっちも?」

『はい、これっぽっちも…最近の中で今日が一番の出来事ですねぇ。
あ、でもこの前忍者みたいな人が来ましたよ』

「なに?どんな家紋だったかなんてのは、わからんか」

『家紋、んーーーっと何処だろう。
あ、1人身ぐるみ剥いだ時の服があったような…ちょっと待ってください』

「お前さん、女のくせにやってることえげつないな」

彼が口をへの字に曲げボソリといったそんなセリフは全く耳に入らなかった。
どこにしまったかなーなんて小声でつぶやきながら居間においてある引き出しや箪笥を漁る。
すると奥の方に漆黒の忍者服のようなものがしまわれていた。
その服を引っ張り出してみて見ると、あの日追い剥ぎした忍者の服が1着出てきた。

『あ、ありましたよー!これですこれこれ!
忍者なんて初めてみたから興奮して剥いじゃったんですよね。
えーと、家紋家紋……』

「松永の所か…ならさほど伏見城からは離れてないな」

『ほぉ、ならここは関西地方か…』

そして多分、私が飛ばされた世界は向こうでゲームとして存在していた“戦国BASARA”の世界か。
見た目は幾分か若く見えるけどこの目の前の大男は、確か黒田官兵衛。
豊臣軍の軍師だ、竹中半兵衛と並んで頭がいいんだっけ。

「ところで、お前さん本当にここにひとりなのか?
しかも忍びが偵察に来るなんて、怪しいな」

『んー、ひとりなのは間違いないのですけどね。
怪しいと言われれば、存在自体貴方方にとっては怪しい者になるでしょう。
私がこの世に現れたのは約2ヶ月以内なのですから』

「……は、何だって?」

『ですから、私がほかの世界からこの家に来たのはここ数週間のことなんですよ。
まぁ、こんな話信じてもらえると思ってませんけどね』

肩をすくめ忍装束を畳んで箪笥に戻し固まってしまった男の前に座り直す。
かんがえこんでいるのか思考回路が止まったのか全く微動だにしなくなってしまった。
まぁこんな話さっき言ったとおり信じる酔狂な人なんてそうそういやしないんだから、これが普通の反応であるけど。

『でも、あなたに危害を加える気はありませんので聞き流していただければ良いかと。
それでも不安なら早々に私をぶちのめして帰る、とか』

「……いや、小生に女子供をぶちのめす趣味はないんでね。
かと言って聞き流せるような話でもないだろう」

やっと食べ終わったらしく箸を膳にのせ、続きを話せというような目線を送ってきた。
前髪でかくれているのにこの人少し表情わかり易すぎやしないか?
別に困ることはないからいいけど。

『私が元いた平和な世界から何故か嫌われてしまったようで、殺されかけたところを神と名乗る胡散臭い男に救われました。
そして私は何故かこの戦国の世に送られてきたのです。
この家も、私のこのおかしいほどの怪力もその神のご加護です。
そうでもしなければ私なんてただの非力な小娘、早々に死んでしまう…しかしそれはあの神にとって都合が悪いらしいです』

「ますます嘘臭いな…そんな話普通のやつが聞けばただの虚言だと思われて終わりだ」

『そうでしょうね、私だったらまず信じません。
頭の狂ったおかしな女だと去りますよ。
あなたもそう思うのでしょう?』

「まぁな、でも本当に嘘をついてる奴はそんな縋るような、捨て子みたいな目はせんだろう。
そんな泣きそうな顔もしない。
お前さん、感情が顔に出すぎだ」

呆れたように笑う正面の男。
この人には私の心が見えているのかな、私が寂しくて、泣きたくてどうしようもないことを当ててしまった。
本当の独りになって実感した独りぼっちの寂しさを、辛さを。

顔に出すぎなんて初めて言われたし、今まで私の心情を正確に読み取ったのは両親くらいなのに。
なんで、どうして、そんな言葉が頭の中を駆け回る。

「泣きたいなら泣けばいいし、怒鳴り散らしたいならそうすりゃいい。
お前さんみたいな歳の娘がそんな顔で我慢してんのに見過ごせるほど、小生は人情捨ててないんでね」

『……っふふ、赤の他人にそんなこと言う人、初めて見ました』

ニヤリと笑うと彼は少し遠慮気味に片手を伸ばし私の頭を軽く撫でた。
久々に感じる人の温もりがこんなに暖かなものだったなんて。
手を伸ばせば届く距離にあったこの暖かさがもう感じられないと思っていた私には、涙腺を緩ませるには十分だった。
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