Novel
□ひずみ
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ピンポーン
「?」
時刻は夜の21時。
深夜とは言わないが、人が訪ねてくる時間帯にしては遅いだろう。
ましてやここは阿笠邸。博士に訪ね人ならば、事前に哀に一言あるはず。
(ということは)
インターホンの画面を覗けば見知った顔がそこにいた。
「よっ」
「じゃないわよ。どうしたのよ」
「博士は?」
「地下で引きこもってるわ。呼んで来ましょうか?」
「いや、ならいい。じゃまするぜ」
そう言うとせっせと靴を脱ぎ捨て勝手知ったるリビングへと入っていった。
「なんなのよ…」
博士に用じゃなければ何故彼は訪ねてきたのか。
こんな時間──はこの際関係ない。
学校を共にし、別れたのはたった数時間前。もちろん明日の朝になればまた顔を合わすのだ。
その時じゃ間に合わない要件なのだろうか。
時間的に夕飯は終わっているだろうが、そもそもこの時間に外出するのをあの黒髪の少女は許さないだろう。
言い訳してでもここに来た理由
博士じゃないなら、それは
(わたしに…よね)
気が重くなる。
微かに震える指先で鍵を閉め、震えを隠すようにぎゅっと握りしめる。
何を言われても受け入れる覚悟で唇を結び、コナンの待つリビングへ後を追った。
「ねぇ」
「コーヒーおかわり」
「…いい加減にして。何杯めだと思ってるのよ」
「そんな飲んでねーじゃん、ケチ」
「あのね、コーヒーのことを言ってるんじゃ「やっぱもういい」
「・・・・・・」
とりあえずコーヒーちょうだい、とソファーに座り適当にチャンネルを弄びながらコナンは言った。
それはいつものことで。言われなくても煎れているのにと哀は思ったが言葉にしなかった。
普段は言わないのにわざわざ口に出したのだ。きっと言いたい言葉と引き換えに。
後延ばしにされるのは堪えるものだ。
死の宣告を焦らされているような、カウントダウンの針がじわじわとゆっくり刺さってくる。そんな感覚に襲われる。
スッとカップを差し出すと、サンキュ。と小さく返して受け取った。
一口飲み、二口飲み。飲みきっても何か言う訳でも素振りもない。
やっと口を開いたかと思えばおかわりで、気づけばテレビの中の番組も次へと替わる。
いい加減、哀は痺れを切らした。
「ちょっと‥あなたほんとに何しにきたのよ」
「んーテレビ観に」
「嘘。さっきからピントが合ってないわ」
「んだよ。用がなきゃ来ちゃいけねぇのかよ」
「そ、ういうわけじゃないけど‥」
少し高ぶった感情が見えた気がして哀は怯んだ。
「・・・ごめん」
それに気づいたのかコナンは謝る。
「・・・もう、いいわ。好きなだけ観ていなさい。私は部屋に戻るから」
哀は諦め、立ち上がり背中を向けた。
逃げるわけじゃない。
彼が逃げているのだ。
(そんなに言いにくいことなのかしら…)
彼と自分に関わること。
組織、博士、可愛い妹のような弟のようなあの子達。
毛利探偵や目暮警部や高木刑事…
綺麗に靡く黒髪の優しい彼女。
正体を明かすつもりでいるのか?
その了承を得に来たのだろうか。
それとも、それとも、、
(・・・キリがないわ)
想像を巡らせればした分だけ百通りの応えがある。
その中のどれにも当てはまる気がするし、そのどれをも聞きたくないとも思う。
本当に聞きたい言葉は
一生胸の奥底で出ることもなく閉まったまま。
「灰原」
「!」
小さな声が背中に突き刺さった。
緊張が伝わった気がして、恐る恐る振り向く。
「な、に」
『───ねぇ、コナンくん。私ね─』
「灰原」
「なに」
「・・・」
「・・・」
待てどもそれ以上の言葉はなく、
哀は踵を返しドアに手をかけた。
「灰原」
「っ!」
今度はすぐ後ろで聞こえた。