パラレル短編

□媚薬の唇
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黙ることも、騙すこともないのに。


自分の下で小さく縮こまって目を潤ませる、哀れで純粋で臆病な彼女の、そのなめらかな頬に指を滑らせる。

掬い取った涙に気付いた彼女は、涙でハッキリしない瞳を揺らしながらキッとこちらを睨んだ。


「女の体勢崩してビビり上がらせて、そんなに楽しい? ホンット軍人さんっていい身分ね!」


気丈さを失わない皮肉はなんとか保たれているが、その声色は弱々しく震えている。


皮肉屋で、虚言が好きで、それなのに純粋で臆病な───可愛い女。


いつもの飄々とした食えない態度は何処へやら、こちらの一挙一挙に緊張し息を詰めていた。その姿は庇護欲を掻き立てるとともに、どうしようもなく激しい独占欲を湧き上がらせた。


艶やかな髪を手にとって口付ける。


「ああ───楽しい」


驚愕に見開かれた瞳は、俺だけを見つめて感情に揺らめいた。

心のままにくるくると変わるその瞳の中には、たった一人俺だけが写る。その事実に充実感と満足感を得て、常より紅く色づいているように見える唇を貪る。

それはあまりにも甘美で、媚薬でも塗っているかのように、俺を夢中にさせた。
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