パラレル短編
□氷鬼
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「嬉しそうだね、斬島」
穏やかな木舌の声に、斬島はぴたりと箸を止めた。あまり変わらないが、その双眼がわずかに見開かれる。
「……そうか?」
「ああ、動きがいつもより軽く見えるよ」
へらりとした微笑みを前に、斬島は驚きを隠せずにいた。
斬島はよく、人に何を考えているのか分からないと言われる。木舌が脅かしても平然とし、鈍感だとも言われるレベルには動じない。
実際は木舌に驚かされた時は身を固くしていたが、表情の変化に乏しい斬島が驚いた事に気付くものは、ごく僅かの者だけだった。
そんな斬島が、誰から見ても浮き足立っているのが分かるなど、よっぽどいい事があったに違いない。
木舌はそう思って話しかけたのだが、肝心の本人が気付いていなかったらしい。
斬島はというと、ナナシからの誘いについて、自己分析を開始していた。幸い、自分の足を浮かせるものが何なのかは、見当がついていた。
俺が嬉しかったのは、ナナシに誘われた事か?確かにナナシは俺の恋人だ。女性としても魅力的だ。初めのうちは興味すらなかったが、彼女の魅力は共にいる事で徐々に気付けた。そんな人から誘われて、普通は嬉しいはずだ。
そうか。外出に誘われて、俺は嬉しかったのか。
これだけの事をして、ようやく気付く斬島は、紛れもなく鈍感だ。酒を飲んでいる時の女性からの誘いも、こんな感じでかわしているというのだから、鈍感を通り越してむしろ純情というべきか。
「……実は、ナナシから外出の誘いを受けてな」
「あー、あの子?おれ意外だったなー。お前が彼女つくるなんて」
木舌の言葉にそうか?と首をかしげる。しかし木舌からすれば、生真面目で仕事一辺倒の斬島が、色恋に興味を示すとは思えなかったのだ。
(確かに、ナナシちゃんが包容力のあるコっていうのもあるのかもしれないけどねぇ……)
柔和な光を湛える瞳が、観察するような鋭さをはらむ。
「外出の誘いねぇ……それってデートだよね?」
「そうだな、そうなるんだろう」
「二人でいる時くらい、いろいろ言ってあげたら?お前はものを伝えるのが上手くないから、あの子も不安になるかもしれないよ」
木舌が冗談交じりに言うと、斬島はふっと顔を上げた。