パラレル短編
□傷鬼
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「……あ、ナナシさん、こんにちは」
「こんにちは」
にこりと優しげな微笑みを浮かべ、佐疫さんが声をかけてきた。
このカフェで会うのは何度目だろう。常連同士、いつの間にやら仲良くなってしまった。
「この間は教えてくれてありがとうございました。とっても美味しかったです」
「いえ、気に入ってくれたようで、私も嬉しいです」
ほんわかとした雰囲気を纏い、猫っぽい目が微笑む。
この間、というのは、佐疫さんに美味しいお店を教えた事だ。
カフェで話しているうちに、お互い甘いものが好きという事が分かった。あのお店が美味しい、この店が絶品だなどと話して、教えられた店に行くなどざらにある。
佐疫さんが言っているのは、私が話したお店の事だ。
「何食べたんですか?」
「ナナシさんが勧めてくれたザッハトルテです。程よく苦くて、美味しかったですよ。ナナシさんの舌は確かですね」
「あはは、それは良かった」
くすくすと微笑みあう、穏やかな午後。
そんなとき、佐疫さんはふっと思い出したように、微笑みを消した。
「そうだ、ナナシさん。今度一緒に食べに行きませんか、甘いもの」
「え」
結構、唐突なお誘いだった。
驚いていると、佐疫さんはふわっと微笑んだ。ちょっと照れくさそうに、頬が染まっている。
「最近いい店を見つけたんです。食べ歩きも良さそうじゃないですか?」
「そう、ですね……」
視線を逸らす。
別に、食べ歩きには抵抗なんかない。友達と美味しいお店をはしごするなんてよくあるし、一人で歩き回る事もよくある。
だけど、男の人と二人で遊びに行くなんて、デートみたいじゃないか。
「あの、二人で、ですか?」
「え、ああ、まぁそうですね……俺の友達で、甘いものが好きなヤツ、いないんですよ」
困ったようにその微笑みを変える佐疫さんを見て、どうしようと、また視線を傾けるのだった。
「……今週の金曜日と土曜日は、一日中休みですけど……」
「あ、土曜日なら俺も空いてます。じゃ、その日にここで待ち合わせしましょうか」
「はい……」
しかし、無類の甘党である私は、甘いものの誘惑に勝てず、おずおずと了承の答えを出すのだった。