パラレル短編
□目隠し鬼
1ページ/7ページ
恋は盲目、なんて言葉は誰でも知っていると思う。
周りに目が行かなくなるくらいに、一人の事を想う激しい恋。誰かを一心に想うそんな恋に、憧れた事がないと言ったら嘘になる。
でも、実際にそんな恋に陥ってしまえば、ただただ苦しいだけだった。
「こんにちは」
低くて艶のある声が聞こえる。店の出入り口に目を向けると、待ち焦がれていた相手が微笑んでいた。
魅力的な微笑みを見せるその人は、程よく日焼けした初老の男性だった。
男性の中でも背が高く、筋肉がしっかりついているのに身長のおかげでスラリとして見える。オールバックの黒髪は年相応で、切れ長の瞳は涼やかに美しい。
「いらっしゃいませ、肋角さん。今日はお一人ですか?」
「ええ、いつものお願いします」
「はい、かしこまりました」
このバーでは常連の肋角さんだが、最近は特によく来る。バーテンダーである私は肋角さんと話すことが多く、故に彼の好みも結構把握できていた。
一杯目はお決まりの物。二杯目からどんなお酒を飲むか、今日がどんな気分かが分かるのだ。
手早くカクテルをつくり、レモンを添えて差し出す。
「ジンフィズでございます」
ニコリと微笑むと、肋角さんの笑みのあでやかさが増した。大人の男性の、色っぽい笑みだった。
この仕事をしてそこそこするが、正直奥がとても深くて、分からないことがまだまだ多い。
お酒に関わる仕事一筋に生きてきたマスターいわく、肋角さんはいわゆる通な人なんだそうだ。
お酒をよく知っているお客様に来ていただけるのは嬉しいことだし、適当につくるなんて初心者の人にだってしちゃいけないよ、とも口酸っぱく言われている。マスターは職人気質なのか、この仕事にプライドを持ってるみたいだし。
そんな通な人の飲む物は珍しい種類の物も多いが、私だってそれなりにバーテンダーとして働いている。
頼まれるお酒の味やアルコールの強さから、私は肋角さんに問いかけた。
「今日は、何かいい事でも?」
グラスを静かに置いた肋角さんの目は、ほんの僅かに開かれていた。
あ、こんな顔もするんだ……なんて思うと、肋角さんは照れ臭そうに微笑んだ。
「ああ、分かりますか。実は可愛がっている部下が、手柄を上げたんです。上司としても、部下の成長は嬉しいもので」
「そうなんですか、それは喜ばしい事ですね」
無邪気さすら感じるその笑みが、とても眩しかった。