パラレル短編
□糸と獲物
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「……キスマークは付けないでって言ったのに……」
洗面台に両手を置いてがくりとうなだれる。もう一度確認すると、首筋の高い位置にくっきりと赤い点が付いていた。
見間違いようのない、キスマークだ。
所有の証としては嬉しくないわけではないが、見られていいものでもない。
私もいい年した女なので、それくらいの分別はつく。
「ええと、痣を消すのは温めたりマッサージするのが効果的だから……」
ぶつぶつと呟きながらお湯を出し、ポケットの中に入っていたハンカチを取り出した。
ハンカチをお湯につけようとする、その時だった。
「させねェよ」
その手首に、さらに大きな褐色の手が重なった。
目線を上げると、鏡にはドフラミンゴの笑みが写っている。
私の色濃い髪色に口付け、また唇が弧を描く。
「この俺がくれてやった印を消そうってのか」
サングラスの奥から突き刺さる鋭い眼光が、有無を言わせぬ圧力をかけてくる。
ぞくんと背筋が震えるのを感じながら、ハンカチをきゅっと握る。
黙って首を振る私を見て、ドフラミンゴは満足げな笑いを溢した。
「フフフッ、いい子だナナシ……」
ぎゅっと抱きしめられると、彼の香りに包まれた。
私が愛用する、さっぱりとした香水の香りも少し混じっていたが、まだ他にも甘ったるい香りが混ざっている。
フローラルな花の甘い香り。この香りは前にも感じた事がある。
「(前は紅茶みたいな匂いがしたっけ……、その前はリンゴみたいな甘酸っぱさのある香水……)」
うすぼんやりと考える頭でも、それが何を意味しているか分かっている。
ドフラミンゴが、私以外の女性と寝たという事。
この人が旺盛なのは身をもって知っている。
色好みなドフラミンゴが、まさか処理の相手を私だけにしているとは思えない。
それでも、胸の奥が痛い。苦しい。
首筋にはっきりと残ったキスマークは、恋人同士のする可愛らしいものなんかじゃなく、使い勝手のいいお気に入りのおもちゃに対する独占欲だ。
ドフラミンゴは私をモノとしか思っていない。
ーー私はこんなにも苦しいのに。