パラレル短編
□溶けた仮面
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黒々とした海の色は、吸い込まれるように深かった。
同じく黒い空には、ポツンと儚く月が咲いている。真っ二つに絶たれて新月となる、下弦の月だ。
この仕事に就いて、何かを見て感傷的になるなんて事はそうそうなかった。
娼婦が仕事をするにあたって、情を持つなど自分の首を締めるだけだ。
それなのに。
「……いつからこうなっちゃったのかしら」
誰に言うでもなく、独りごちる。
誰にも拾われないその言葉は、部屋の暗がりに落ちて溶けた。
シャワールームの水音が消え、代わりに扉が開く音がした。
振り向かなくとも、足音から彼が近付くのが分かる。
期待が高鳴る反面、胸が締め付けられてしまう。
「ナナシ」
「……何かしら」
顔に笑顔を貼り付けて振り返る。キッドはゴーグルを外し、髪を下ろしていた。彼がバスローブを着ているなんて珍しい。
「早く来い」
「あら……ムードも何もないこと。明日、この島を発つんでしょう?最後の夜くらい、ゆっくり楽しみましょうよ」
苦笑してからかい気味に言っても、彼は答えてくれなかった。かわりに引き寄せられ、噛みつくような口付けをされる。
「んっ……は、ふ……っ」
深く交わる口付けに酔い、離れる頃には彼に縋らなければ立てない程になってしまった。
「キスだけでンな顔してたら、先が思いやられるぜ。今日は感じやすくねぇか」
濡れた唇が、緩やかに弧を描いた。
真っ赤なルージュを引いた唇は、先ほど見ていた半月なんかよりずっと綺麗だった。