海賊

□其は、人か狼か。
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初仕事だ、の一言で渡されたのは、数枚の書類だった。まだしばらくは雑用をするのかと思いきや、なかなか早いもんだ。

書類に書かれていたのはとある島の地形と、そこの島民らしき人々の詳細だった。けど私はそれよりも、ガープさんの表情の方が気になった。


「しっかり、自分の仕事について考えるんじゃぞ」


このステータスも性格もふざけた人に、こんなに真剣な顔をする時があるのか。そう思うくらい、ガープさんは眉を寄せ、なんとも言えない顔をしていた。

今思うと、それは哀れみだったのかもしれない。







最初に渡された書類と総合した中将の話は、耳を疑うものでしかなかった。


「まず我々があの島に視察に行き、船という船に機械と電伝虫を仕掛ける。その電波で、島の外に出る足を潰し、外への連絡を断つ。
月が出たらお前の出番だ。今夜は満月、人狼の現れる夜だ。お前はただ、この島で一夜を過ごすだけでいい」


周りの音がやんだ気がした。波のさざめきも、潮風の唄も聞こえない。ただ、この中将が話したことを噛み砕くのに、凍りついた脳内を必死に動かして、言葉を紡いだ。


「つまり、島にいる人間を全員食い殺せ、と?」


背中に正義を背負った上官は頷いた。


理解を放棄したがる脳みそに、事実はじわじわと染み込んでいく。体が冷え、手が震え、『相手が理解しがたいことを思考し話している』事実に恐怖を覚える。

私は今、人を殺し、あまつさえその肉を食べるように求められているのだ。


「⋯⋯どうして、殺すなんて、ここの人たちが何か、」
「この島の住民にはな」


震える私の声を遮り、中将は冷たい視線でこちらを見下ろした。まるでつららが頭に刺さっているかのような気分だった。


「反社会組織と協力関係にある、または島民がその組織の人間である疑いがある。
社会に仇なす者を、海軍が野放しにするわけにいかないだろう。悪は元から断たねばならん。これは、罪なき市民のために必要なことだ」


何言ってんだこの人。ふざけて言っているわけでもない。大真面目だ。真面目な顔で、こんな馬鹿げた話をしている。


よく考えればこの人はサカズキ側の人間だった。あの男も、悪は元から断たねばならないという考え方をしていた。

確かに、危険因子を根っこから断つというのは、理にかなった考え方だ。理論的に考えれば、私もそう思う。

それに、「人狼の能力を活用するために捕虜にされた」という経緯から考えて、人狼状態で戦場に出されることも、私なりに覚悟はしていた。


こんなの違う。戦場で、「死を覚悟した者」と「戦う」わけじゃない。私は今から、「閉じ込められた罪なき市民」を「殺せ」と命じられているのだ。


人間だぞ? 生きている人間だぞ? それを私に、人間に食えって? 生かしたまま、人間を猛獣に食い殺させろって?


「⋯⋯いかれてる⋯⋯!」


思わず、恐れ慄いた声がそう呟いた。

自分の置かれた状況、海軍の考え方、これから私が強いられ続ける仕事。その全てが頭の中を巡り、逃げ出せない絶望感から死にたくなる。リアルアイデアロール成功しちまったじゃないですかやだー。


「イカれている? いたって正気さ。我々はいつでも市民の命を最優先に考え、その生活と尊厳を守るため、日々邁進しているのだよ。奪うことしかできない野蛮な海賊の君には、分からんかもしれんがね。
⋯⋯まぁどっちにしろ、君の道は二つに一つだ」


気付くと、こめかみに硬く冷たいものが押し当てられていた。
脳髄まで染み込み、背筋に流れ込むその硬質な冷たさは、強い硝煙の香りを漂わせている。


二つに一つ? そんなわけない。嘘つき。詐欺師。こめかみに銃口を押し当てておきながら、何が二つに一つだ。ふざけてる。

⋯⋯ちくしょう。
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