海賊
□狼・狐、猛特訓中!
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対する名無しは、というと。
「待たんか小娘ぇぇぇぇぇ‼」
「いやぁぁぁぁぁ死ぬぅぅぅ‼‼名無しさん死んでしまいますぅぅぅぅぅ‼‼」
ガープ中将の巨大な鉄球を避けて、全力で逃げ惑っていた。
怯えきった顔は汗や涙などで凄まじい有様だ。
酷い形相で駆けずり回る名無しは、無様極まりない状態であった。
しかし、彼女が今まで相手をしてきたのは、懸賞金もかからないような敵ばかりである。
今回の相手は、世界最強と謳われた白ひげと肩を並べた人物である。手加減しているとはいえ、彼女が太刀打ち出来る相手ではないのは明白だ。
そうでなくとも名無しは、自他共に認めるチキンなのだ。
「逃げてばかりで強くなれると思っとるのか、バカモーン‼」
「やだぁぁぁぁぁぁもう帰りたいよぉぉぉぉぉぉ‼‼」
えぐえぐと情けなく泣きながら絶叫する名無しの背を追うように、ぽんぽんと巨大鉄球が飛んでいく。
兄達に追い回されて鍛えられた足は、すばしっこく鉄球を避けていた。
当たりそうで当たらないそのもどかしさに焦れたガープは、自分よりかなり小さい子供に向かって思い切り鉄球を投げつけた。
視界の端に、自分に向かってまっすぐに飛んでくる鉄球を見た名無しの喉が、ヒュッと鳴った。
───死ぬ!!
冗談抜きでそう思った瞬間、周囲がふわりと白く色づいた。
柔らかくも濃いその色に包まれ、思わず目をぎゅっと瞑って立ち止まる。
───ガァァァンッ!!
刹那、金属と金属がぶつかりせめぎ合う音が響いた。
耳に響く音を背中で聞いた名無しはきつく閉じた目を開けて後ろを見た。
「───ったく、なんでガキがこんなトコにいんだ⋯⋯」
紫煙をくゆらせる、正義を背負う白いジャケットが目に入った。
巨大な十手に阻まれた鉄球は勢いを無くし、土煙を立ててその場に落ちる。
あれだけの大きさと勢いを持つ鉄球をいともたやすく止め、自分を守ったその背を見つめながら、名無しは煙の中にへたりと座りこんだ。
「おお、スモーカー! すまんかったのぉ。こいつがどうもすばしっこくて、つい本気になっちまった!」
「ガキ相手に本気にならねぇで下さいよ。なんかあったらどうすんですか」
鉄球を止めた十手を肩にかつぎ、呆れたように言い放った。
後ろに座りこんだ黒髪の少女は、ぐしゃぐしゃな顔のまま呆然としながら、肩で息をしている。
「新米にしちゃ随分幼すぎやしませんかね。まだ12か、そこらだろ」
「名無しは11歳じゃ。確かに幼いが、そう言ってられん事情があっての」
わしわしと頭を掻くガープを一瞥し、スモーカーは振り返って、名無しのそばにしゃがみ込んだ。
「大丈夫か」
「っだ、大、丈夫⋯⋯じゃ、ないかも、立てない⋯⋯」
呼吸の荒さからか、それとも声が震えているからか、はたまたその両方か。
名無しは途切れ途切れにつぶやき、濡れた顔を拭くこともせずに立ち上がろうとしていた。
足に力が入らないようで、名無しは座った姿勢から、ほんの少し身体を浮かす事しかできなかった。