海賊
□狼は砂に何を見る
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「クハハハッ、世界最強と謳われる白ひげが、こんなものか?」
男は不遜な笑みで周囲を見渡し、満足げに言い放った。
その声を聞いて振り返った名無しは、決して明るくは無い表情を浮かべて呟いた。
「⋯⋯サー・クロコダイル⋯⋯」
名無しは、鰐の名を持つその男を前にして、苦々しい思いをしていた。トリップ前に見た彼とは違ってだいぶ若く、顔の傷も鉤爪も無いが、名無しはすぐに気が付いた。
自然系スナスナの実の能力者。王下七武海にして、のちに砂漠の英雄と呼ばれる国家転覆の首謀者。
それが、尊大で傲慢な笑みを浮かべながら目の前に立っている。
「お前、知ってんのか⋯⋯」
「さっき七武海だってルリチョウが言ってた」
サッチの問いに目も向けずに答えた名無しは、黒い毛並みに覆われた巨大な両手を握り、じっと砂を操る男を見据える。
「船長の白ひげはどこだ。この俺がサシで倒してやる」
堂々と宣言する男に、白ひげ海賊団は口々に非難の声を上げた。
「オヤジをサシで倒すだ?」
「ふざけんな‼ お前なんかにオヤジが倒せるか‼」
「世界最強のオヤジをナメるなよ‼」
皆、一様に父を慕う子らである。尊敬する父を侮辱されて、怒らない者はいなかった。ほとんどが砂の渇きに襲われて弱りながらも、敬愛と侮辱への怒りを失いはしない。
そして、白ひげを父として慕う名無しやルリチョウも、例に漏れず苛立ちを覚えた。
サッチの横に立つ名無しは、酷く冷たい目で若きクロコダイルを見据える。
ひたり、と向けられる敵意に気付いたのか、クロコダイルは名無しに視線を傾けた。
「⋯⋯あぁ、お前さっき大砲を撃ち落としてくれたガキか。報告はされていたが、ここまで幼いとはな」
「ンなこたァどうでもいいんだけど、お兄さん、本気であの人に勝つつもり?」
名無しを見たクロコダイルが、僅かに目を見開いて素直な感想を言う。
それに対する名無しの返答はとてつもなく冷たく、馬鹿にしたような口調だった。
「⋯⋯無謀と言いてぇのか?」
名無しの台詞を聞いたクロコダイルの細眉がぐっと顰められる。
冷ややかな視線がぶつかり合うが、両者は引かない。
日本人としての気質や、コミュ障などの理由でアイコンタクトをし続けられない名無しが、強い感情を持ってクロコダイルを睨めつけたまま言葉を紡ぐ。
「“自信と過信はコインの表と裏だ。どちらか決まるのは全てが終わってから”だから、せいぜい過信で終わらないようにね」
「⋯⋯可愛くねぇガキだ」
哲学的な言い回しを口にした名無しを前に、クロコダイルは気味が悪い、と言わんばかりに顔を顰めた。