海賊
□月に惑う狼
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日が赤々と海に沈んでいく。その熱も光も、海に飲まれていく。日の光がその身を照らすことがなくなれば、彼女は理性を無くした獣となるのだ。
「……夜や月にビビることってあるのね」
ボソッと呟いた名無しは、恨みがましく太陽を睨んでいた。
子供好きでずっと名無しの側についているメイリアは、大人っぽくて可哀想な少女の髪を撫でてあげるしかなかった。
「きっと大丈夫よ」
「だと良いんだけれど」
「……じゃあ、そろそろ時間だから、私はいくわね」
「うん」
可愛い妹分は大人しく返事をした。そんな名無しに対し、メイリアはちょっとした悪戯を決行して行くことにした。
名無しの頭の上に乗っていた白魚の指が、黒髪を巻く紫の布に食い込んだ。
そのまま指に引き摺られるようにバンダナが外れ、名無しはぴょこんと跳ねるように飛び出した獣耳を、慌てて手で覆った。
「ちょっとメイリアさん!!」
「たまには取ったほうがいいわよー?可愛いんだから」
指にバンダナを引っ掛けてくるくると回すメイリアは、いつもと変わらない楽しげな笑みだった。
あまりにも相変わらず過ぎて、名無しは拍子抜けしてしまう。
そして、白ひげや他のナース達の側に向かうメイリアの背中を見て、くくっと少し笑った。
確かにね。どうにもならないことをあーだこーだ言っても仕方ない。
名無しは覚悟を決め、薄暗い船を進む。
白ひげやクルー、ナース達の真正面の、かなり離れたところで立ち止まると、名無しは家族に向き直った。
「それじゃあ親父様、よろしくお願いします」
「ああ、分かってる。誰も傷つけさせねぇさ。勿論、お前自身も守ってやる」
自信満々なその台詞に、名無しはゆるりと微笑んだ。
あれほど陽の光や、うっすらと浮かんだ満月を恨めしげに睨んでいた目は、一体どこへ行ったのやら。
微笑みながら眠そうに瞼を閉じ始め、それでも真っ直ぐに立ち続ける名無しを見て、白ひげはおもむろに立ち上がった。
名無しの方も、白ひげの力強い誓いを聞きながら、意識が急速に遠退くのを感じていた。
景色が黒く塗り潰されていき、波の音が自分の元から離れていく。代わりに激しい空腹と渇きが湧き上がり、意識を飲み込んでいった。
瞼が重く垂れ下がるのに従い、その青色を閉じる。
恵みを与える陽の光、その一片が今、消えた。