海賊

□月に惑う狼
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悪魔の実を食べたあの日から、丁度一ヶ月。

名無しの食事は、なかなか進まないでいた。ベーコンエッグを乗せたトーストを前に、また一つ重苦しい溜息が吐き出される。


「……気分が重いのは分かるけど、ちゃんと食べなきゃトレーニングに支障が出るわ」


ナースのメイリアが言い聞かせるように話した。

他のクルーも、名無しが暗ーい顔をしながら食事をしているのを見て、飯が不味くなるからもっと明るい顔しろよ、とか、食べないと今日一日持たないわよ、とか、色々言ってくる。

しかし彼らの言葉では、彼女の気分は晴れなかった。


「今夜の満月がそんなに怖いか」


仄暗い名無しの表情を見兼ね、ビスタは優雅な仕草で椅子に腰掛けながら、少女に問いかけた。


「……あんなことをしたヤツが、今夜また現れるんだ。明るい顔なんかしてられない」


口調も大分重苦しい名無し。
人狼の存在を別人格であると、自分自身として認めない彼女は、人狼について他人のことを言うように語った。


「船長がいるじゃない名無しちゃん、きっと止めてくれるわ」


メイリアが優しく言うが、名無しの暗い顔は変わらない。


今夜は満月の夜。人狼が覚醒し、名無しの理性が喰われる日だ。

名無しがいた船のクルーを食い殺し、血に塗れた惨状をつくりだした怪物が、目を覚ます夜。


「オヤジを舐めるのは止めて貰おうか、名無し。オヤジはお前のような子供の攻撃などものともしない。この世界で、オヤジは世界最強と呼ばれた男だからな」
「……心配してるのはそこばかりじゃないんだよ」


白ひげの強さについて言ったが、彼女はあっさりとビスタの言葉を否定した。


「親父様が強いのは知ってるよ。でもさ、強いから噛まれても全然痛くねぇとか言わない?一応血は出たけど甘噛みして可愛いなーとか言って犬同然の扱いしない?あとでそんな話聞いたら、飼い主に噛み付いた犬なのになんの罰もなく許されたみたいで私の罪悪感が半端ないんだけど」
「……どうだろうな」


そんなわけあるか、と即答出来ないのが白ひげの凄いところか。

犬のように噛み付いてくる若者の相手をしていたことはあるが、白ひげが動物そのものの相手をしていたのは不死鳥化したマルコ以外覚えがない。

ましてや今回は、周りに存在するもの全てを獲物と捉える猛獣なのだ。


それでも名無しを含め、彼らの頭の中には、人間のように立ち上がった狼に腕を噛まれながら、グラグラと笑って狼の頭を撫でる白ひげの図が浮かんでいた。
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