海賊

□狼の反省
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「おっと悪ィな⋯⋯手が滑っちまったぜ」


6、7mくらい先、こちらに腕を突き出したサッチがニコリと笑うようにこちらを見ていた。

笑うように、というのは、その笑顔があまりにもドス黒いオーラを出しているように見えたからだ。


笑顔そのものなら普通の微笑みだが、サッチの全身からはヤバイ感じがする。

こちらに突き出された腕の先では、掌を下に向けて指が力なく下がっている。そのポーズが、サッチの放つ禍々しさすら感じる雰囲気に、拍車をかけていた。


いや滑っちまったって⋯⋯その手は明らかに投げた手だろ⋯⋯?


完全にビビりきった私に近付き、ズコッと壁から牛刀を引き抜くサッチ。

近くになったことで更に恐怖が増し、足が凍りついて動かない。ちびりそう。


「さ、サッチ⋯⋯ちが、ちがうんだよ、私ただ⋯⋯」
「冷蔵庫の周りをうろちょろするたァ⋯⋯摘み食いでもしにきたのか? 悪りぃ子だなァ名無しは⋯⋯」


ちゃう、ちゃうて、私そんなことしに来たんじゃ、てかそんなことで牛刀投げつけられて死んでたまるか!!!


ぶんぶんともげそうなくらい激しく首を振ると、サッチは覆い被さるように覗き込んできた。

必然的に私は真上に頭を上げることとなり、喉という急所を晒す危険性を感じてゾワッとした。


いくら白ひげ海賊団の鉄の掟で、殺される危険が無いとはいえ、恐怖でマヒした頭ではそんな事思い出せなかった。

思い出せたとしても、このサッチの恐ろしい雰囲気では危険意識も無くならないだろう。


「じゃあ何だ? お前は何をしたくてここにいるんだ? コソコソ厨房に入ってよぉ⋯⋯」
「あ、空瓶⋯⋯腕強くしたいけど、ダンベルじゃ重すぎるから⋯⋯だから、水入れた空瓶使えば、無理しないでできるって⋯⋯っ」


震える声で必死に訴えると、サッチはスッと微笑みを消した。代わりに出てきたのは、退屈そうな冷たい顔。

しかしその表情を浮かべた瞬間、サッチは私に背を向け、厨房の端にしゃがみ込んだ。

ガシャガシャと硝子のような音がしたかと思うと、その手にはワインボトル?が握られていた。

サッチは中に水を入れると、濡れたボトルをタオルで拭いて栓をした。


この間、私はサッチの行動を見つめるだけで、ピクリとも動けていない。


「ほらよ。オヤジから話は聞いてるぜ。自分の身を守れるようになりてぇんだって?」
「⋯⋯はい」
「向上心があるのは良いことだ。頑張れよ、名無し」
「はい。⋯⋯失礼します」


ビビりまくってタメ口がきけなくなった。

とにかくサッチの近くに居たくなくて、急いで厨房から出た。しかし食堂のノブには届かないので、またサッチが開けるために近付いてくる事になるのだが、その時も簡単にお礼を言ってからいそいそと脱出した。
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