新・海賊夢

□出会い。
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数分前。

重たい意識が急に浮かび上がって、瞼がうっすらと開いた。
まだ眠りと覚醒をまたいでうとうとと微睡む頭では、状況を簡単に噛み砕くことはできない。ここはどこだ? という単純な疑問が浮かぶのにどれほどの時間を要しただろうか。
くっつこうとする瞼を無理やり引き上げ、周りを見渡す。見覚えがない場所だ。シミのない壁や天井、強い光を隙間から滲ませるカーテン、極め付けは自分が寝ている清潔なシーツ。

「…………」

夢かぁ、と結論づけるのは早かった。やたら現実的な夢だなぁ、なんて呑気に考えていて、唐突に頭のスイッチが切り替わる事を思い出した。

あれ、私最後に海に飛び込んでなかったっけ?

アレも夢? いやあんだけ人生かけた覚悟忘れるようなら私の頭はヤベェぞ。正直正気を問われたらちょっと、いやかなり不安だけど、あの飛び込んだ時の浮遊感や海に沈む時のうわやっぱり死にたくねぇって気持ちを夢にするにはあまりにも鮮明すぎやしねぇか? えっじゃこれはなによ? この状況はなんぞや。この綺麗な部屋と発光してんのかってくらい白いシーツと今気付いたけど入院患者に着せるようなしましまローブはなんじゃらほい。誰だよ勝手に着替えさせたの幼女にお手出し絶対ダメ。え? 性的なことを感じない幼女だから着替えさせられたのであってそういうこと考える私の方が心が汚い? ごもっとも。
つらつらつらつら考えている間に部屋の外から足音が聞こえ出した。えっちょまてまてだれですか。驚きすぎて扉を凝視してじっと固まる。足音はつつがなく部屋へ歩み寄り、扉は無情にもぎぃ、と開いた。

「あら! 起きたのね!」

そこにいたのは、ピンクのナース服を着た金髪の美女だった。彼女はぱぁとそのかんばせを綻ばせながら、こちらへ近付いてきた。

「気分はどうかしら、どこか痛くない?」
「え、や、」
「ああいいのよ起き上がらなくて! ずっと寝てたんだもの、動くの辛いでしょう? 今はまだ寝てていいわ」
「あの、なん、」
「ごめんなさいね、お腹空いてるでしょう。でもまずは体温測ってからね! ご飯はそのあとちゃんと出すから」

矢継ぎ早に話しつつ、ナースのお姉さんは手際よく動いた。寝そべったままの私の腕を取って服の隙間から体温計を滑り込ませ、部屋のカーテンを開き窓を押した。最近では嗅ぎ慣れた潮のにおいがふわりと漂う。

「いい天気よー、日向ぼっこにはちょっと暑いかしら?」
「あの、ここ、どこで、ッケホ、」

掠れた声で問いかける。ろくに口を開かず、しばらく水も口にしていないから、ほんの少し声を出しただけで咳き込んでしまう。随分と弱々しく感じる咳き込みを数回繰り返した私は、目の前に差し出されたものに理性を奪われた。

───水だ!

透明な液体で満たされたグラスを縋り付くように奪い取ると、からからの喉へと流し込んだ。ずっと欲しかったうるおいが体に染み込み、満たされる欲求の心地よさにもっともっとと欲しくなる。いっぱいだったコップはすぐに空になった。まだ物足りなさを感じるが、とりあえず喉は潤ったので良しとしよう。

「のど、渇いてたのね」

ぷは、とコップを口から離すと、ナースのお姉さんがそう話しかけてきた。顔を見上げると、なんとも言えない微笑みを浮かべている。その、なんだろう、哀れむような目を向けられても困る。反応にすごく、困る。

「……えっと、ここってどこ、ですか……? わたしあの、記憶が……」

言い淀む。自殺したはずなんですけど〜っていうのはさすがに憚られる。まともな精神を保ってるか我ながら微妙だけどその程度の遠慮はまだ残ってた。

「あなたが行動を起こしたその時、私たちはちょうどあなたと船を見つけていたの。飛び込んだあなたを引き上げて、手当てをして、ここに寝かせたってわけ」

白魚みたいに白く細くしなやかな指先が伸びる。頬をすり、とこする感触がくすぐったい。

「もう、大丈夫よ。もう何も怖いことはないわ」

よく分からないが、どうも救われたようだ。無条件の優しさというものはずいぶん久しぶりなもので、捻くれた私の心はどうにも素直に受け入れようとしなかった。本当は安心して感涙するべきなのかもしれないけれど、そうなのか、という単純な了承の感覚しか浮かばなかった。
懐にお姉さんの指が潜り込む。脇に挟んでいた体温計を取り出し、お姉さんは頷いた。健康体だったらしい。

「お腹空いたでしょう? すぐにご飯を用意するわね。ああそれと、それが終わったら身だしなみを整えるからね。船長に挨拶へ行くのよ」

今のあなたの頭ボサボサよ、と言いながら手鏡を差し出される。綺麗な鏡面に映るその人が心から憎い人間であると認識した途端、私はそれを思い切り弾き飛ばした。
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