新・海賊夢

□ごはん。
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美味しいものが食べられて嬉しいという気持ちはあれど、どうにも私の精神は鈍くなってしまっているらしい。歓迎会と称された宴で、お酒の勢いで楽しそうに歌う成人男性たちを眺めていても、おどけた腹踊りによる爆笑で甲板が賑わっていても、私の顔面はぴくりとも反応しなかった。
楽しそうだなぁ、とは思う。楽しんでていいなぁ、とも思う。ただそれは全部他人事な感じで、私が楽しいかどうかは話が別だ。もちろんこの世界に来るまではお腹を痛めるくらい笑ったこともあるし、普通に生活をしていたのだからまともな精神状態は持っていたはずだ。誰が望んでこんな厨二病めいたキャラになるものか。
となると、この世界に来てからの虐待生活で感情が死んだか。大体覚えてるのは三年くらいだろうか。意外と長いもんだ。実父はとんでもないものを盗んでいきました、私の感情です。返して。

「食わねぇの?」

どっか、と隣に座ってきたのは、昼間に食事を持ってきてくれたリーゼントのお兄さんだった。すげぇよな、初めて会ったときこの人のこと大男だと思ってたのに、それ以上がわんさかいるんだぜこの船。名前なんだっけ。

「もう、お腹は空いてません」

昔っから必要以上にものを食べようという人間ではなかった。空腹感がなくなればそれでいいや、みたいな。出されたものは最低限食べるけど、腹八分目になるまでは食べないことは多かった。

「嘘つけ、お前まだスープとパン以外口にしてねーだろ」

ばれたか。

「食わねぇと大きくなれねぇぞ」
「はい」
「……もしかして美味くねぇ?」
「えっいやそんなことはないんですけど……」
「じゃ、なんで遠慮してんだ? どれも自信作だ、せっかく作ったんだから食ってくれよ。ホレ!」

そのせっかく作ったんだからってセリフには弱いんだよな……ずずいと差し出されたのは多分生姜焼き。今の私に重たいもの食べさせちゃいけないんじゃないのか。だがものすごく期待した顔で皿を差し出してくるので断りにくい。少し食べたら満足するだろうか、とまだ箸が使えないので子供用のフォークで肉と千切りキャベツをとった。

「美味い?」
「おいしいです」

本心だ。ここで食べられる料理はどれも美味しい。あったかくて味がしっかりしていて。文句があるどころか贅沢しすぎてる気がするくらいだ。
時間をかけて肉を噛みしめているとちょっと違和感を感じる。なんだろうか、これ。肉を食べているが普通の肉とは少し噛み心地が違う。前世で最後に肉を食べたのが恐らく五年ほど前だから、記憶違いを起こしているか、あっちとは肉質が違うのか。もしくは最近食べた人肉の味を思い出してるのかもねハハハやかましいわ。

「それ、肉じゃねぇんだぜ」
「は?」

思わず見上げれば、リーゼントの影の下でいたずらっぽい笑みが浮かべられた。

「正確には大豆! ソイミートって呼ばれる肉に似せた食材だ。おまけに栄養価も高くて美容にいい働きをする。ナース達には好評の食材な訳よ。面白いだろ?」

得意げな笑顔から目を逸らし、もう一口。普通の肉とはちょっと違う気はする。だけど、豆だとはちっとも思わない。ソイミートは臭みがあって決して美味しくはないと聞いたことがあるが、調理の腕にも大きく左右されるようだ。バスト占い。

「すごい。おいしい」
「へへ、料理人冥利に尽きるぜ」
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